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第68話:マリア

「秘策?」


 私は疑問を口にした。

 それに黒田さんが答える。


「“Hail(ヘイル) Mary(メアリー) Pass(パス)”って言葉、知ってるか?」

「知らないですけど、それは?」

「アメリカンフットボールの言葉だ。一発逆転を狙った、一か八かのプレーを指す。Hail Maryは聖母マリアへの祈りのことなんだが、とある選手が試合でラストプレーの際に、聖母マリアに祈りを捧げながらパスをしたことから、この名前がついたと言われている」

「それで、それが何か関係が?」

「俺たちがやるのは、Hail Mary Passじゃない。“Hail(ヘイル) Mary(メアリー) Run(ラン)”だ」

「Hail Mary Run?」

「ああ。俺たちにも、マリア様がいるだろ?」


 そう言って、黒田さんが私を見た。


「そのマリア様――つまり河瀬さんに走ってもらって、タッチダウンを決めてもらう。そういう作戦だ」

「すみません、さっぱり意味が……」

「つまりだな、俺たちが盾になって、河瀬さんをアイツの中心部まで走り、その剣を持って突っ込む。そういう作戦だ」


 沈黙。


(ええ……脳筋プレーじゃん……)


「なんだか、カッコいい名前の割には、意外と原始的なんですね」

「うっ……そうだな。パワープレーとも言うが……良いネーミングだと思ったんだがなぁ」

「あ、それなら私も案があります。黒田さんの作戦と組み合わせる形で!」


 私は考えていたことを、そのまま話す。


「皆さん、“ニードル脱毛”はご存じですか?」

「知らないですけど」


 私は、指を一本立てた。


「普通のレーザー脱毛って、毛に含まれる黒い色素――メラニンに光を反応させて、その熱で毛根を焼く仕組みなんです」

「へえー」

「だから、レーザーは黒色にしか反応しない。裏を返せば、色の薄い毛には効きにくいということです。白髪には脱毛効果が期待できません」

「なるほど……」

「でも、ニードル脱毛は違います。先端以外を絶縁体で覆った、極細の針を毛穴に差し込む方法です。通電するのは先端だけ。そこだけに電流を集めて、毛根の細胞をピンポイントで破壊します」

「というと?」

「白髪にも脱毛効果があります。だから、白いアイツに効くんじゃないかと」

「剣先さえ通せば、そこから直接、電撃を食らわせる、というわけか」

「はい。それを、この剣でやろうと思います」


 私は、握っていたデュランダルに力を込めた。

 切っ先に神経を集中させると、微かな痺れとともに、青白い光が瞬いた。


(これが、私のニードル……)


「デュランダルから、稲妻が……」

「針みたいに、細く鋭い一点に力を絞れば、アイツに一撃を与えられるかもしれません」

「なるほど」


 オルドランが、静かに頷く。


「名付けて――“ニードル脱毛作戦”です」

「えぇ……ださ……」

「うっ」

「それなら断然、Hail Mary Runの方がいいですね」

「そうだよな! 分かってくれるか! よし! Hail Mary Run、成功させるぞ!」


 盛り上がる彼らを眺めていると、ノエルが小声で私に話しかける。


「意味はよく分かりませんでしたが、その、ニードル脱毛作戦、いいと思いました」

「うん、ありがとう……」


(なんか励まされたな……)


 そうして、私たちは布陣について話し合った。


「――よし、これでいいな」


 黒田さんが、全員に確認する。


「もう少しで、この空間も維持できなくなるわ。アイツが迫ってきている」


 アデルさんが、静かに告げた。


「それまで、少し休もう。ここを出たら、もう後戻りはできないからな」


 そうして、みんなは散っていた。


「少し、いいだろうか」


 残っていた私に、オルドランが声をかけてきた。


(あ、そうだ。デュランダルのこと……)


「あの、デュランダル、少しだけお借りします」

「ああ、頼む。それとは別に、君に渡したいものがある。手を出してくれるか」

「手?」


 差し出した右手の上に、彼が自分の右手をかざす。

 白い光が、私の手を包み込んだ。


「これは……?」

「君に託す」


 光が、手のひらから流れ込んでくる。


 その瞬間、頭の中に映像が流れた。

 大勢の人たち。男性も、女性も、老人も、子供たちも――みんな、笑っていた。


「大切な人たちから、もらった力なのだ」


 光が収まると、体の内側から、何かが満ちてくるのを感じた。励まされているような、そんな心強さ。


「うっ……」


 よろめくオルドランを、慌てて支える。


「私は大丈夫だ。あとは、頼む」

「はい。任せてください」

「そろそろです! みなさん!」


 アデルさんの声が響く。

 作戦に向けて、心を引き締める。

 白い空間が、弾けるように崩れていった。


◆◇◆


 白が明けたとき、私たちは元の場所に戻っていた。

 視界の遠く先に、アイツがいる。


『こざかしい。隠れても無駄だ』


 脳に響く声には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。


『まさか、これを使うことになるとはな』


 白い塊、頭部に当たる箇所の一点に、光が集まり始める。


「なんだ、あれは……」


 嫌な予感がした。


「逃げて!」


 全員が、咄嗟に回避する。

 直後、私たちがいた場所が、黒く焼け焦げていた。


「レーザー……」


 まさか、相手側にもレーザーのような攻撃があるとは。


 事前に、黒田さんの『パーフェクト・アライメント』で全員の運動能力を底上げしてもらっていた。ただし、効果は長くは続かない。


 短期決戦しかなかった。


「例の作戦だが、どうする?」

「やりましょう」

「でも、あのレーザーは……」

「再び光を集め始めています。まだ少し、時間があるはずです」

「私たちが、囮になります」


 アデルさんが、迷いのない声で言った。

 オルドラン、カイルが、その後ろに続く。


「囮くらいは、務まるはずだ。彼のおかげでな」


 視線が、黒田さんに向けられる。


「行きましょう」


 前方を黒田さん、中村さん、ドロワくんが固め、その後ろにノエルと私が続く。ノエルは、あのバリアの準備を始めていた。


「このバリア、当たると僕ら吹っ飛ぶので気をつけてくださいね」

「そうだな」

「なんでちょっと半笑いなんですか、他人事じゃないですからね」


 張り詰めた空気の中でも、いつもの調子が戻ってくる。


「よし、準備はいいか?」


 黒田さんの問いに、それぞれが短く答える。


「うす」

「はい」

「もちろん!」

「行きましょう!」


 Hail Mary Run、スタートだ。

 私たちは、一斉に走り出した。


「行け、光の聖女よ……」


 ちょうど後ろから、そう声が聞こえた気がした。


 振り返る余裕はなかった。けれど、その一言だけで、足に力が入る。

 白い塊から放たれるレーザーを、カイルが引き受けてかわす。


 私たちが高速で駆け抜ける中、白いモンスターたちが再び襲いかかってきた。

 ドロワくんが、走りながらオークに体当たりし、弾き飛ばす。


 黒田さんが声をかける。


「目的地まで、アイツらは構わなくていいぞ!」

「うす!」


 上空から、コウモリの群れが降ってくる。


「お任せを!」


 中村さんが、火を纏わせた剣を上空に向けて振るう。落下していく火のコウモリたち。


「我ながら、良い感じだなー」

「来るぞ!」


 黒田さんの拳が、残ったコウモリを中村さんの前で撃ち落とす。


「油断するなよ」

「さっすがー」

「兄貴!?」

「今度はどうした?」

「アレを」


 行く手に、白い熊の群れが横一列に並び、壁のように立ちはだかっていた。


「まるで壁だな……仕方ない、迂回するか」

「いえ、最短距離で行きましょう。兄貴、俺を踏み台にしてください。奴らの相手は俺がします」

「そんなこと――」

「アイツらとやり合ってる時間、ないんすよね?」

「ドロワ……すまない」


(ドロワくん……)


「みんな、聞いていた通りだ。このまま突っ込む。彼に乗って、飛ぶぞ」

「できるでしょうか……」


 ノエルが、不安げに呟く。


「大丈夫だ。俺のスキルを信じてくれ」

「俺なら大丈夫っす」

「行くぞ!」


 ドロワくんの背中を踏み台にして跳躍する。熊の群れを飛び越えた。


「うらぁぁ!」


 後方では、熊の咆哮と、ドロワくんの力強い声が響く。


(どうか、無事で……)


 白い本体が、目前に迫ってくる。

 触手が、次々と襲いかかってきた。

 先頭の黒田さんと中村さんが、剣でそれを弾き返す。


「オラァ!」

「よっと!」


 白い本体の懐まで、あと少し。


「河瀬さん、ノエルさん。君たちの走力を、最大限まで引き上げる。俺たちが触手を引きつける。あとは、突っ走ってくれ」

「はい!」


 背後で、何かが激しくぶつかり合う音がした。

 黒田さんと中村さんが、伸びてくる触手と対峙する。


「俺たちのことはいい! 行け!」


 黒田さんの声が、後ろから飛んできた。

 ノエルのバリアが展開される。


「マリア様は、私がお守りします!」

『煩わしい……!』


 光が集まり、こちらへと向けられる。


(まずい……!)


「ノエル、このままじゃ――」


 奴のレーザーが、ノエルのバリアに直撃する。


「私の力を、すべてここに……!」


 青白い光が、一段と激しさを増す。それでも、徐々に亀裂が入っていくのが分かった。


「ノエル、もう――」

「マリア様……私、あなたとお会いできて、本当に良かった。どうかご無事で。さようなら……」


 相手の光が、ノエルへと迫っていく。


「一人で勝手に死のうとするな、馬鹿!」

「え……?」


 私は、握っていたデュランダルに力を込めた。


(力を貸して、デュランダル……!)


 剣先に、青白い光が凝縮していく。太くはない。ただ、一点に絞られた、鋭い光だった。


 崩壊寸前のバリアの中心――その、ごく小さな一点を狙い澄まし、剣先を突き入れる。


 抵抗する感触があった。それでも、押し切る。

 バリアが弾ける。


 白い光と剣がぶつかり合い、衝撃で弾き飛ばされそうになるが、なんとか耐える。

 ノエルは――無事だ。


(ここで決める……!)


 跳躍。

 剥き出しになった中心部――脈打つ光の、その中心に、狙いを絞る。


「おい! 覚悟はいいか!?」


 突き入れた切っ先が、抵抗を突き破る感触。

 剣先から、強烈な電撃を。


 そして、光が私の視界を覆い尽くした。


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