第65話:帰ってきた男
息を乱しながら、黒田さんが言った。
「俺の槍は、奴らに逆効果みたいだ。だからさ……」
一息つくと、異空間から何かを取り出し、両手の拳に装着する。
同時に、彼の拳が青白い光に包まれた。
それは――ナックルダスターだった。
「黒田さん、まさか……」
「ああ。河瀬さんとした約束、今だけは守れないみたいだ。すまない」
彼は、まっすぐに私を見た。
「でも、みんなでなんとかするためなんだ。昔、君がそう言ってくれただろ?」
旅を始めたばかりの頃。
黒い狼の群れに襲われ、自分を盾にして私たちを逃がそうとした黒田さん。そんな彼に、かつての私がかけた言葉だった。
「それに、きっとなんとかしてくれるって、信じてるんだよ俺は。頼んだぜ、リーダー」
そう言うと、彼は駆け出した。
コウモリの群れが、彼に向かって殺到する。
黒田さんは跳躍すると、両手のナックルダスターを、白いコウモリの群れに次々と叩き込んでいった。もうコウモリたちは動くことはなかった。
「やっぱり、これが俺に合ってるな」
そう呟くと、今度は苦戦するドロワくんの元へと走り出す。
白いオークの体に向かって跳躍すると、その顔面に強烈な一撃を叩き込んだ。
オークはそのまま倒れ込み、気絶したようだった。
「待たせたな」
「兄貴……」
その様子を見て、私は彼の存在に感謝すると同時に、胸が痛くなった。
自分のふがいなさと彼の痛みを、同時に思い出したからだった。
(あの力は、長くは持たない……)
彼が払っている代償も、私は理解していた。
(私のレーザー、どうしたら……)
この場では、自分は何の役にも立てないのではないか。そんな不安がよぎった。
かつて黒田さんが抱えていたであろう思いを、こんな時に自分が感じるなんて。
(なんとかしなければ。考えないと、何か……)
白。レーザー。
駄目だ。何も思い浮かばない。
その間、無情にも状況は刻一刻と悪化していた。
カイルとオルドランの様子を見ると、本体の白いものへ攻撃を与えても、すぐに再生されてしまう。それでも、素早い身のこなしでそれを凌いでいた。
(あの二人でなければ、とっくに勝敗は決していた。なんとか、二人の支援を――)
「おい、騎士たちが」
黒田さんの声に、視線を戻す。
カイルが、いつの間にか脚を負傷していた。それをオルドランが庇いながら戦っているのが見て取れた。
『先に、間引くか』
その声が脳裏に響くと、すべての触手がカイルへと注がれる。
「カイル!」
オルドランの叫ぶ声。
その直後、触手が彼らを覆い尽くした。
(まさか……)
触手が動きを止める。
そして、束になった触手が、ぼとりと落ちた。
カイルの目の前に、オルドランが立っていた。
「団長――」
(間に合った……彼が守ったんだ……!)
「すみません」
「気にするな……」
鋭利な刃のように形を変えた白いものが、すでに彼の右肩を貫いた後だった。
直後に切り落とされたが、間に合わなかった。落ちた触手が、地面に音を立てる。
オルドランの右肩から、血が滴り落ちる。剣を支えに、かろうじて立っているだけだった。
「団長! 僕なんかのために、どうして……!」
カイルの声が、悲痛に震える。
けれど、オルドランはそれに答える余裕すら、もう残されていないようだった。彼はただ黙って立ち尽くしていた。
「急ぐぞ!」
黒田さんの声で我に返り、私たちは駆け出した。
『やはり、一番強いものから間引くとしよう』
再生されていく触手が、動けないオルドランへと向けられる。
(もう、間に合わない……)
そのとき、視界の端を、何かが駆け抜けた。
過ぎ去ったそれは、触手を次々と切り落とし、辺りには炎が巻き起こる。
「ヒーローは、遅れてやってくるもんでしょ!」
それは、久しぶりに聞く懐かしい声だった。




