第64話:No.1
伸びてきた白い刃を、最初に迎え撃ったのはカイルだった。
最小限の動きで身をひねり、紙一重で刃をかわす。そのまま踏み込み、剣を一閃させた。
斬られた触手が、力なく地に落ちる。
「速い……」
息を呑む間もなく、カイルはすでに次の動きに移っていた。
オルドランが、静かにその様子を見つめながら呟く。
「ああ見えて、歴代最年少で、王国騎士団入りを果たした男だ。潜在能力は――」
その言葉を遮るように、カイルが跳躍した。
そして、カイルは新たな触手を切り伏せた。体をひねり、着地と同時に、隙間から伸びてきた次の触手を逆手で断ち切る。無駄のない、けれど鋭さを失わない太刀筋だった。
「――私をも上回る」
噛みしめるようにそう言うと、オルドランは自らの剣を握り直した。
「デュランダル、私に力を……」
剣身に、淡い光が宿る。
「――『虚空の静寂』」
その言葉と同時に、オルドランの全身から、強い光が放たれた。
纏うような、それでいて刃のような光。
「行くぞ!」
彼は白い存在に向かって駆け出した。
その先、白い塊の奥には、揺らめく輪郭の中心に、一点だけほのかに脈打つ光があった。
(あれは……)
オルドランも、それに気づいたようだった。彼は一切の躊躇なく、その光を目掛けて駆け出す。
「団長!?」
カイルの声を背に受けながら、彼は最短距離で踏み込んだ。
剣先が、脈打つ光――その中心に、届く。
いや、届いたはず、だった。
「なっ……」
剣が、何かに阻まれた。目に見えない壁に弾かれたように、切っ先が逸れる。衝撃で、オルドランの体が後ろへよろめいた。
『そこに気づくとはな』
脳裏に、あの声が響く。苛立ちとも、称賛ともつかない響きだった。
『だが、残念だったな』
「くっ……」
舌打ち混じりに体勢を立て直すと、オルドランはカイルへ向けて叫んだ。
「カイル! 中心部は守られている、力尽くでは届かない! 予定通り、首を狙うぞ!」
「了解!」
先行するカイルに声をかけ、オルドランが並走する。
二人の連携は、まさに幾度となく死線をくぐってきた者たちの動きだった。
カイルが懐に飛び込み、白い塊の中心付近――首と呼べるかもわからない部分に、剣を叩き込む。
触手のうごめきが、ぴたりと止まった。
「やった、これで――」
安堵しかけた、その瞬間だった。
頭の中に、直接声が響く。
『侮っていた。これほどとはな。やはりお前らは、この場で、間引くことにする』
周囲の空気が変わる。そして、私たちを取り囲むように、白く透明な膜が広がっていくのが見えた。
『逃げることは叶わない。知能を持つものは、学習をすることを知っている』
「これは……」
膜は音もなく、けれど確実に、退路を塞いでいく。
『それでは、これでどうかな?』
切り落とされたはずの触手が、次々と形を変えていく。
狼のような姿。オーク、熊、そしてコウモリ。
そのすべてが、白かった。
人間が抱く恐怖を、そのまま形にしたような姿だった。
白い塊本体も、いつの間にか元通りに再生している。
「再生か……」
黒田さんが低く呟く。
「やるしかないな……」
「うす」
黒田さん、中村さん、ドロワくん。そして私。戦いに備えて、それぞれが武器を構えた。
「燃えろ!」
中村さんが炎の塊を白い狼に投げつける。
けれど、炎は表面で弾かれた。
「え……」
怯む間もなく、白い狼が中村さんに飛びかかる。
「うっ……」
(間に合わない!)
その瞬間、氷の柱が獣を貫いた。
「あなたの魔法では、奴らには及びません。私に任せなさい」
アデルさんだった。
間一髪のところで、中村さんを救う。
「あ、ありがとうございます。皆さん! コイツら、今までの敵よりも強いです! 気をつけてください!」
中村さんが叫ぶ。
「そうだな!」
黒田さんが短く応じた。
(私たちも――)
「やろう!」
ノエルが私の背後に控えていた。
目の前には、白い熊がゆっくりと近づいてくる。
(彼女を守らなければ……)
私は杖を構え、レーザーのショットを放った。
命中。
けれど、熊はぴくりとも動かない。
(もう一度……)
しかし、二度目のレーザーも、結果は変わらなかった。
(なんで……あっ!)
考えを巡らせて、一つの考えに至る。
脱毛レーザーは、毛の黒い色素――メラニンに反応する。
そのため、白髪には効かない。
(このレーザーが、私のイメージを具現化したものだとすると……)
この白いモンスターに、あまりに無力だった。
直後、熊が大きく踏み込み、私に襲いかかる。
回避は、間に合わない。
(耐えるしか……)
そう身構えて、覚悟した瞬間――熊が遥か後方へと吹っ飛んだ。
辺りには、青白い光が満ちる。
「マリア様は、私がお守りします」
振り返ると、ノエルが静かにそう呟いていた。
「ありがとう……」
彼女のスキルが、寸前で私を守ってくれた。
「えーと、このスキルの名前、『アイアン・メイデン』だっけ?」
「『不可侵領域』です」
即座に訂正が返ってくる。
(そうだった……でも、アイアン・メイデンと覚えておこう)
「助かったよ、本当にありがとう」
「いえ、大したことはありません。ふぅ……」
「大丈夫?」
「ええ、少し力を使いましたので……」
「無理はしないでね」
「はい」
(彼女も力を使えば消耗する。頼りっぱなしにはできない。私も何かできることを……)
周りに視線を巡らせると、ドロワくんがハンマーを振り回し、白い熊を薙ぎ倒していた。しかし、熊はすぐに立ち上がる。
「しぶとい野郎だな」
その奥では、黒田さんがコウモリの群れと対峙していた。左手で作り出した異空間から投げ槍を取り出す。
「これでどうだ!」
そう言うと、コウモリの群れに対して、次から次へと槍を放っていく。
そのすべてが命中し、コウモリが地に落ちていった。
「よし!」
彼の投げ槍は、この場においても健在のようだった。
けれど――落ちたコウモリは、再び動き出した。しばらくすると、自らの体に槍を取り込んだ。
「まさか……」
再び羽を広げて、新たに刃を纏ったコウモリの群れが、一斉に黒田さんへ襲いかかる。
「うっ!」
両腕でガードするが、かすめた箇所から血が滲む。
「黒田さん! 大丈夫ですか!?」
「あぁ……なんとか……」
黒田さんの息は乱れ、体のあちこちに血が滲んでいる。
私は、傷つく仲間を前に、自分の無力さを呪うことしかできなかった。
それでも――彼の目には、まだ強い光が宿っていた。




