第60話:真実の埋葬者
アカデミーまでの道は、思った以上に長かった。
ようやく校庭が見えてきたとき、ちょうど授業が終わるところだった。
小さな子供たちが、歓声を上げながら一人の女性を取り囲んでいる。
真っ白な髪を、後ろで一つに束ねた女性だった。年齢を感じさせる佇まいでありながら、背筋はまっすぐで、子供たちを見守る目には、しっかりとした張りがある。
彼女が掌をかざすと、そこに小さな炎が灯った。心地よさそうに揺れる、温かな色をした炎だった。子供たちが、わあっと声を上げる。
「はい、今日はここまで。火は、怖がらないこと。決してあなどらないこと。そして、悪いことに使っては駄目ですからね」
「はーい」
子供たちが、口を揃えて返事をした。
「続き早く教えてー」
「また今度ね」
彼女は優しく微笑んで、そう答えた。
子供たちが散っていくと、彼女はこちらに気づき、目を細めた。
「……あら、どうかされました?」
オルドランが、一歩前に出た。
「失礼します。騎士団のオルドランです。少々、お聞きしたいことがありまして」
「私でよろしければ……」
彼女は軽く頭を下げ、そして静かに名乗った。
「私は、アデル・フラメルです。今は、アカデミーで子供たちに魔法を教えております」
(この人が、室長……)
◆◇◆
オルドランが、ここまでの経緯を話した。滅びを避けるための手がかりとなる、古い書物を探していること。
「我々が把握しているのは、書庫には関連する書物が残されていなかった事実だけです。もしや、あなたなら何かご存知ではないかと思い、ここまで参りました」
アデルと名乗ったその女性は、しばらく黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。
「書物は……もうこの世にはありません」
「……ないのですか」
「はい、燃やしました。私が、この火で」
彼女が再び掌をかざすと、炎が灯る。
だが、先程子供たちに見せていたものとは、何かが違っていた。揺らめきもなく、ただ静かに、そこにあるだけの炎だった。
「先代の王に命じられたのです。滅びに関する書物は、人々に混乱と恐怖をもたらす。それが悪用されることのないように、処分してくれと」
私は、ヴェリウスさんの語っていた先代の王のことを思い出した。
「……それ以上でも、それ以下でもありません。お力になれず、申し訳ありません」
深く頭を下げる彼女に、私たちは茫然とした。
「何か……覚えていることは、ありませんか」
それでも、私は彼女に尋ねた。
「残念ながら……」
彼女は目を伏せた。
「……分かりました」
彼女のことを、無理に問い詰めるつもりはなかった。
(それでも……)
「聞いてほしいことがあります。私たちは、辺境の町で、ヴェリウスという魔道士に出会いました」
アデルさんが、わずかに顔を上げる。
「彼は今も一人で、滅びを回避する方法を探し続けています。だから、私たちも諦めません。何でも構いません。何か思い出したことがあれば教えてください。どんな些細なことでも構いませんので」
彼女は、何も答えなかった。
「失礼します。諦めていないのは、きっと彼も同じだと思います」
頭を下げ、背を向ける。
「待って」
その声が、私を引き止めた。
振り返ると、彼女の表情は、先程までとは違っていた。
「先代の王の命で、書物は確かに燃やしました。それは、紛れもない事実です。しかし、内容が失われたわけではありません」
「え……?」
「私の、この頭の中に、入っています」
その一言に、私たちは顔を見合わせた。
「頭の中、ということは……」
「燃やす前に、関連する書物は一冊残らず、目を通しました。その内容を、はっきりと覚えています」
「アデルさん……」
「ヴェリウスのところへ、案内してください。私が直接会いに行きます。いつでも構いません」
「ありがとうございいます。今日はもう日が暮れます。距離もありますし、明日でも大丈夫ですか?」
「ええ、構いません。アカデミーの方には、伝えておきます」
◆◇◆
帰り際、アデルさんは私に尋ねた。
「あの、まだお時間はありますか?」
「ええ、ありますが……」
「ヴェリウスのこと、良ければ教えてもらえませんか」
アデルさんが、少し驚いたように私を見る。
「はい。でも、正直、あまりいい出会いではなかったかもしれませんが……」
(最初はなんか嫌な人だったし……)
内心でそう呟きながら、私は苦笑した。
「構いませんよ。彼は……そうね、なかなかユニークな男ですから」
「昔から、そういう感じだったんですね」
「ええ」
そう言って彼女は笑った。
私は、出会った時のヴェリウスさんのことを、思いつくままに話した。それはきっと、拙い説明だったと思う。
それでも――彼の話を聞くアデルさんは、どこか懐かしそうに目を細めていた。




