第56話:異邦の謁見者
オルドランの後をついて、私たちは廊下を歩いた。
廊下は広く、天井が高かった。壁には古い彫刻が刻まれ、燭台の炎がゆらゆらと揺れて、私たちの影を壁に映す。足音だけが響く。みんな黙っていた。
(……今さらだけど、本当に城の中にいるんだ)
なんだか夢みたいだった。
やがて、大きな扉の前に出た。
両開きで人の背丈の倍はある。両脇に騎士が一人ずつ立っていた。目が合うと、どちらも静かに前を向いたまま動かない。
オルドランが扉の前で立ち止まった。
「準備はいいか?」
「はい」
私が答えると、オルドランは扉を押し開けた。
私たち五人はその後に続いた。
広い。
それが最初の印象だった。
天井が高く、両側に窓が並んでいる。外からの光が白く伸びて、床に四角い影を作っていた。廊下に比べて、空気がひんやりしている。
奥に、玉座があった。
その手前に、騎士たちが横一列に並んでいる。
そして、玉座に一人の男が座っていた。
叙任式で見た、あの人だ。あのとき私は広場の人混みの中にいた。壇上の姿を遠目に眺めるだけで、顔までは分からなかった。
私たちは正面から近づいていく。
(……あれ)
足を進めながら、目を凝らす。
遠目では、威厳ある風格からてっきり相当な年配者だと思っていた。
でも、こうして近づくと自分と同じくらいに見える。若くも見えるし、遥かに年上にも見える。どちらでもあるような、奇妙な感覚だった。
なのに、視線が合った瞬間に感じたのは、圧倒的な重圧だった。
オルドランが足を止めた。私たちもそれに倣う。
「彼ら、か」
王が言った。
その声は静かだった。広間に吸い込まれるように響く。オルドランが頷く。
「はい、そうです」
王は私たちを一人ずつ見た。値踏みでも品定めでもなく、ただ確かめるようだった。
「話は聞いた」
ひと呼吸置いて、続ける。
「だが、改めて君たちの口から聞きたい」
私は一度、息を整えた。
黒田さんが視線で促すように私を見た。中村さんも、いつになく静かだった。
そして、口を開いた。
「はい。私たちは――」
ダリオスの翼という冒険者であること。魔道士ヴェリウスのこと。彼が王都の魔法研究室にいたこと。彼が古い文献で知った滅びの記述。研究を止められ、王都を去ったこと。今なお辺境で一人、研究を続けていること。そして、王都に残されているはずの古い書物のこと。
王は終始黙って聞いていた。
表情は変わらない。眉一つ動かさない。広間の静けさの中に、私の声だけが落ちていく。
「――その書物をお借りしたいのです。もしその中に手がかりがあるなら、滅びを回避できる方法が、見つかるかもしれないのです」
しばらくの沈黙があった。
王が静かに息をついた。
「なるほど」
少しだけ間を置いた。
「ヴェリウスという者が、かつて魔法研究室に在籍していたことは事前に確認が取れている。オルドランから話を聞き、調べさせた」
それだけ言って、また静かになった。
「君たちの話には説得力がある。最近の異変とも、関連があるように思えた」
(……じゃあ)
思わず身を乗り出しそうになった。
「では、書物を――」
「だが――」
静かだが、迷いのない声だった。
「書物の話と、君たちに文献を託せるかどうかは、別の話だ」
広間が、静まり返った。
「私はこの国の人々を守る責任がある。君たちが私たちを欺き、悪用しないとも限らない」
王の目が、真っ直ぐこちらを向いた。
「私は君たちのことを、あまりに知らない」
少しだけ間があった。
「……君たちは、いや」
王の視線が、一瞬だけ横へ流れた。
そしてまた、私へ戻ってくる。
「――君は、どこから来たのだろうか?」
逃げ場のない目だった。
腹を決めて、息を吐く。
「私は――」
ちょうどその時だった。
扉が開き、光が差し込んだ。
私はただ、その光を見つめた。




