第53話:布教者
空を見上げる二人を、私はしばらく眺めていた。
黒田さんはまだ遠い目をしている。ドロワくんも同じ方向を見上げたまま動かない。
中村さんは「怖い怖い」と小声でつぶやいている。
(そろそろ、行こうかな……)
そう思ってみんなに声をかけようとしたとき、路地の方から女性たちがぞろぞろと出てきた。
みんな顔がほころんでいて、手に小袋や包みを持っている。
その中に、ひときわ目を引く少女がいた。
淡い色のドレスに細かな刺繍が施されていて、動くたびに裾が柔らかく揺れている。手には小さな布袋を大切そうに抱えていた。
その顔に、見覚えがあった。
「ノエル!」
「みなさん!」
私が声をかけると、ノエルが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「見てください、新しい宝石です!」
そう言って、彼女は袋の中から小さな石をいくつか取り出して見せる。赤や緑といった宝石だった。
(……今日は、いつにも増して上品だな。やっぱり、良いところの子なのか……?)
「最近、あそこに宝石店ができたんです。本当に助かってます!」
(助かってます⋯⋯?)
私は一瞬疑問に思ったが飲み込んだ。
すると、黒田さんがノエルを見て言った。
「……もしかして、あの路地の店か?」
黒田さんが静かに尋ねた。
「はい! 前のお店がなくなって、新しいお店ができたんです。以前は、正直、何のお店かもよく分からなかったんですが……あのお店ができてからみんな喜んでます!」
「そんな……」
黒田さんの声が、かすれた。
「親父さん……」
ゆっくりと、膝をついた。
「兄貴!」
ドロワくんが慌てて駆け寄る。
「あの、私……何か変なことを言いましたか?」
ノエルが不安そうに私を見た。
「あー、うん。気にしなくていいよ。いつものことだから」
「それなら良かったです」
ノエルはにこっと笑った。
地面には黒田さん。その横にはドロワくん。
黒田さんはまだ膝をついたまま、地面に向かって何か言葉をこぼしている様子だった。
「そういえば、マリア様」
ノエルが急に改まった顔をした。
「どうしたの、急に」
「お店での出来事をお伝えしたくて。個数限定で、あの宝石が販売されていたんですが……その場にいたお客さん同士で話し合いが起こりました」
「話し合い?」
「はい。まだその宝石を持っていない人に、優先して買ってもらおう、って」
「へえ」
「正直、私も迷ったんです。最初、宝石を買い占めるつもりで来てましたので」
(強火すぎる……!)
「でも、周りの方たちがとても自然に譲り合っていて……気づいたら、私も一緒になって話し合っていました」
ノエルは少し照れたように微笑んだ。
「その場に居合わせて、私、気づいたんです」
ノエルは真剣な顔で続けた。
「大切な存在は、一人で独占してはならない、と」
「……ん?」
「みんなで広めようって。これまで自分がどれだけ心の狭い人間だったか、気づかされました。これも、すべてマリア様のおかげです」
「そう……それは良かったねえ……」
「はい!」
ノエルは目を輝かせている。
(ああ……)
同担拒否から同担歓迎へ。
どうやら彼女はスタンスを変えたらしい。
これはこれで、すごいことなのかもしれない。
(成長、なのかな……?)
ふと、私は周囲を見回した。
目を輝かせる強火オタク。膝をついて悲しむ投げ槍コレクター。それを心配する舎弟。その横で「怖い怖い」とつぶやいて震えている適当マン。
私は小さく息を吐いた。
「……とりあえず、一回宿に戻ろっか」
昨日から今日まで、色々ありすぎた。さすがに少し頭が疲れている。宿に戻って、一回落ち着きたい。
そうやって歩き出す私たち。
ノエルは成長した自分に満足げで、黒田さんは何やら物思いに耽っている。ドロワくんはすっかり兄貴分の世話役と化し、中村さんはぶつぶつと呪文をつぶやいている。
(相変わらずだなぁ⋯⋯)
人数が増えて、ますます一癖も二癖もある集団になってきたなと思わずにはいられなかった。そんなことを思いながら、歩みを進めていた。
宿が見えてきて、ようやく一息つけそうだ――そう思った、その時だった。
「君たちが、ダリオスの翼か……?」
背後から声がした。
振り返ると、重厚な鎧をまとった人物が立っている。間違いない。広場で見かけた聖騎士だった。
「はい、そうです……」
「そうか……私は、オルドランという者だ」
そう言って一歩前に出た。
「君たちからの伝言を受け取って、ここに来たのだ。だが――」
そして彼は言い放った。
「私は、ずっと前から君たちを探していた」
(ずっと前から……?)
私の頭は、まだ理解が追いついていなかった。




