第52話:路地裏のゴースト/GHOST IN THE SALE
広場を後にして、私たちは宿屋への帰り道をゆっくりと歩いていた。
聖騎士への取り次ぎを待つしかない、という結論は出ている。
だが今日到着したばかりで、しかも、もし隣国からの姫を連れているとなれば――そう簡単には動けないだろう。
「今日すぐ連絡が来るとは思えないな……」
「そうですね。相手もいろいろ大変そうですし」
黒田さんのつぶやきに、中村さんが穏やかな口調で応じる。
「じゃあ、しばらく自由時間にしようか。街の散策でもして」
私はそう言ってから、三人を見回した。
「あと、その格好は変えてくれない? やっぱり目立ちすぎるから」
黒服にサングラスの三人。街中でも案の定、奇妙なものを見る目で通り過ぎられていた。
「仕方ないですね……」
「そうだな……」
「うす……」
◆◇◆
着替えを済ませた後、私たちはそれぞれの方向へ散らばることになった。
「俺は、投げ槍店の親父さんに挨拶に行ってくる」
黒田さんが言う。
「僕は洋服でも見に行こうかな。昨日の服、いいの見つけたんですよねー」
中村さんがそう答える。
「俺は兄貴についていきます」
ドロワくんも反応した。
「じゃあ、夕方には戻ろう」
「それじゃまたあとで」
私は一人で広場の方へと向かった。
◆◇◆
祭りの余韻が残る街を、特に目的もなく歩いた。花の飾りつけがまだそこかしこに残っていて、子どもたちが笑いながら走り回っている。
さっき見た花火も、不思議な光景だった。
普通の花火とは違い、空いっぱいに花が咲くような鮮やかさだった。
それにしても、こういうのんびりした時間は、久しぶりだった。
(なんか、観光してるみたい……)
そんな気持ちに苦笑いしながら歩いていると――
「河瀬さん!」
声がした。
振り返ると、黒田さんとドロワくんが走り寄ってくる。二人の表情が、どこかいつもと違った。
「聞いてくれ」
黒田さんが言う。
「親父さんが、いなくなってた」
「……え?」
◆◇◆
近くを歩いていた中村さんにも声をかけた。
事情を話すと、中村さんは「へえ」と軽い相槌を打ってから、尋ねた。
「なんですかそれ、怖い話ですか?」
「疑うなら自分で見てこい」
「はいはい、じゃあ見てきますよ。皆さんはここで待っててください」
そう言って、中村さんは一人で路地の方へと歩いていった。
私たちは近くの石段に腰を下ろして待った。
黒田さんは腕を組んだまま黙っていて、ドロワくんはその隣に立っている。
しばらくして、中村さんが戻ってきた。
その表情は少し青ざめている。
「……あのお店、たしかにないですね。完全に別のお店です。宝飾品みたいなのが並んでて、女性のお客さんがたくさん来てました」
「言ったとおりだろう?」
「中の店主は買い物客で見えなかったんですが……店の看板も、雰囲気も全然違いました。いや、普通にホラーなんですけど。あー、僕こういうの本当に無理なんですけど……」
そう言って中村さんは身震いする。
私はぼんやりと考えた。
投げ槍専門店が消えた。そして、その場所には別の店ができていた。
私たちが最後に訪れてから、そんなに時間も経っていない。それだけを切り取ると、奇妙に思えた。
だが――私はそう思わなかった。
黒田さんによる、投げ槍買い占めの件があったからだ。
(いや、投げ槍全部買い占めた客に、笑顔で「また来ます」とか言われたら、店畳みたくもなるでしょ……)
そんな考えが頭をよぎったとき――
「もしかして、親父さん……」
黒田さんが、ぽつりとつぶやいた。
「俺のために、“現れた”のかもしれないな……」
「……ん?」
「困難を前にした俺に、投げ槍という希望の光を照らしてくれた。それだけでよかったんだ、あの人にとっては……」
黒田さんは、ゆっくりと空を見上げた。
「ありがとう、親父さん……」
それは遠い目だった。
「兄貴……」
ドロワくんも、感化されている。
(いや、ちょっと待って……)
私は心の中で首を傾けた。
上手く言葉にできないもやもやが、胸の中でじわじわと広がっていた。
黒田さんはまだ空を見上げている。
ドロワくんもなぜか同じ方向を見上げる。
中村さんは、「えー怖」とつぶやいている。
私も空を見上げてみたが、澄み切った青空だけが見えていた。
(何が見えてるんだ、彼らには……)
そんなツッコミをせずにはいられなかった。




