第51話:名探偵と隣国の姫君
王都フィリアの広場。
辺りを見渡せば、人、人、人。
通りには出店が立ち並び、軽快な音楽と歓声が絶え間なく響いている。黄色い花々があちこちに飾られ、その脇には白や赤色の花々も添えられている。街全体が祝祭の空気に包まれていた。
そのとき、頭上でヒュンッという音がした。
思わず空を見上げる。
雲一つない青空に、鮮やかな黄色い火花がいくつも弾けていた。花火のように広がっては消え、また次の光が青に溶けていく。
「……昼間なのに、花火?」
中村さんも首を傾けて空を見上げた。
「でも、綺麗ですね」
「ああ」
黒田さんも珍しく空を見上げたまま、しばらく黙っていた。
――そんな中、私たちは。
"変装"をして、その時を待っていた。
話は昨日に遡る。
◆◇◆
「やんのかコラァ!」
「マリア様、ぜひ私たちを!」
夕暮れの広場は、完全に収拾がつかなくなっていた。
(まずい……)
左右から迫る集団。
片方は目を輝かせた女性たち。もう片方は荒くれ者たちだ。
(どうやって切り抜ける……?)
その時、ふと思いついた。
「あっ! あそこに、色の変わる宝石が!」
私はとっさに前方の地面を指差した。
「えっ!?」
「本当!?」
「マジかよ!」
男女の集団が、一斉にその方向へ駆け出す。
「どこだ!?」
「誰か落としたのか!?」
私は4人に小声で言う。
「今のうちに、行こう」
全員が頷く。
走る。
――が。
「あっ! マリア様たちが!」
(ヤバい……!)
気づかれた。走り出す私たち。
黒田さんが確認する。
「コイツらをまけばいいんだな?」
「ええ!」
「よし!」
その瞬間、黒田さんが走りながら手をかざした。
青白い光が、私たちを包む。
――次の瞬間。
(速っ!?)
視界が流れる。
足が、信じられないほど軽い。
想像の5倍は速い。
「兄貴、これはいったい!?」
「話はあとだ! 行くぞ!」
追いかける男女の群れから、一気に距離を引き離す。背後の喧騒が、みるみる遠ざかっていった。
そして――
私たちは宿屋へと飛び込んだ。
「はぁ……はぁ……なんとか、まいたか……」
「もう、大丈夫……みたいですね……」
全員、肩で息をしている。息を整えてから黒田さんが言う。
「今日はこのまま泊まるか」
「そうだな……」
そのときだった。
「あ、私は今日は家に戻ります」
ノエルがそう告げた。
「え、そうなの?」
「はい。それと――」
少しだけ間を置いて続ける。
「どうやら、明日から隣国との友好を祝した催し物が行われるそうです」
「へぇ、そんなのが」
「式典では国王陛下に近づくのは難しいかと思いますが……もしかしたら、聖騎士様もお見えになるかもしれません」
(……!)
「それでは、また」
そう言ってノエルは去っていった。
静けさが戻る。
「……とりあえず、今日は休むか」
「そうですね」
そのとき、中村さんが手を挙げた。
「あ、明日のことなんですけど」
「ん?」
「ちょっと、提案がありまして――」
◆◇◆
「なるほど……」
「一理あるな」
「たしかにそうっすね」
話はまとまった。
「じゃあ、ちょっと行ってきます」
「え?」
中村さんが立ち上がる。
「あ、姐さんはここに居てくださいね。姐さんは顔バレで大変でしょうし」
「え、でも――」
「姐さんの分も、用意ありますので!」
「ええ……」
そう言うと、私を残して三人はそのまま出ていった。
しばらくすると、彼らが戻ってきた。
「これでバッチリです!」
私は嫌な予感を抱えつつも、その日は各自部屋に戻って一夜を明かした。
◆◇◆
そして、翌日。
「……ちょっと待って」
三人を見た瞬間、言葉が出なかった。
黒田さん、中村さん、ドロワくん。
三人全員が、黒のタキシードに身を包んでいた。そして揃いも揃って、黒いサングラスをかけている。
「似合ってますか?」
中村さんが微笑んだ。
(似合ってるとか、そういう問題じゃない……!)
「……あのさ、“変装”って言ってたよね?」
「そうです、変装です!」
「いや、完全に要人警護のSPじゃん! 逆に目立つでしょ!」
「まあまあ」
中村さんがやけに落ち着いた声で言う。
「それに」と黒田さんが続ける。
「これしか買ってこなかったんだよな……」
「もう、選択の余地がないっす」
「はぁ……」
(彼らに任せた私が、うかつだった……)
気を取り直して、ドロワくんを見る。
大柄な体格。筋骨隆々。そしてスキンヘッド。
そこに、黒のタキシード。黒のサングラス。
(……大統領でも守るアクションスターかな?)
もし耳に連絡用のインカムでもつけていたら、完全に屈強なSPそのもの。疑いようがない。
「……ていうか、サングラスってこの世界に存在したの?」
「あったんですよねー! 思わず買っちゃいました!」
中村さんが嬉しそうに言う。
(もしかして、サングラスあったからこのコーデになったとか……?)
もう深く考えるのはやめようと切り替えた。
そして私は――
両肩の出た、魔法使い風の服。
以前、中村さんが銀髪の美少女に姿を変えていたときに着ていたものを、借りることになったのだ。
「姐さんはこれを!」と手渡された服だった。
奇跡的にもサイズは問題なかった。少し複雑な気分だったが、今回はよしとしよう。
(ああ……オフショルとか持ってないから、初めて着たよ……)
「姉貴、似合ってるっす」
ドロワくんが言った。
(姉貴……?)
「……どうもありがとう」
なんだろう、この気恥ずかしさは。
「これでもう、バレないはずです!」
中村さんが満足げに言う。
本当かなと不安になるが、ものは試しだ。
「あ、ちょっと待って。黒服が三人固まってたら、さすがに目立つんじゃない? 少し離れて歩かない?」
「そうですね」
そうして私たちは間隔を取りながら広場へと向かった。それでも、浮いた格好には違いないと思いながら。
◆◇◆
(私たちのこと、気づいてない……)
奇妙なものを見る視線は感じたものの、どうやら変装自体は成功しているようだった。
そのときだった――
「聞いたか?」
なんだか聞き覚えのある声だった。
「今日、聖騎士たちが帰ってくるらしいぞ」
「へえ、そうなんだ」
「ただ帰ってくるんじゃないと、俺はにらんでる」
「どういうことだよ」
「“隣国の姫君”を連れてくる、ってな」
「え? なんだよそれ!?」
思わず耳がそちらに向く。
「お前、騎士団が火炎の竜を討伐したのは知ってるよな」
「ああ。それもあって、今日の式典なんだろ?」
「じゃあ、なぜ騎士団は隣国まで行ったと思う?」
「そりゃあ、友好のための派遣だろ?」
「それが、表向きの理由だとしたら?」
「え?」
なんだか妙に引き込まれる話し方だった。
「聖騎士オルドランという男はな、これまで剣一筋の男だったらしい。だが最近、やたら外出が増えていたんだよ」
「それは、遠征とか警備じゃないのか?」
「それもあるが、どうやら単独行動も多かったらしい」
「どこ情報だよ、それ……」
「これは、親しい関係者から直接仕入れた情報だ」
「なんだ、それ……」
「全部、繋がるんだよ」
(全部……?)
「それがどう繋がるんだよ?」
「考えてもみろ。剣一筋だった男が、外出を増やした。なぜだ?」
「さあ……」
「答えは一つだ。そう、“恋”だ。遠征先で、男は恋に落ちた」
「いくらなんでも、飛躍しすぎだろ……」
「通ってたんだよ、彼は知り合った姫君のもとへ。そして窮地を救うため、王に進言した」
「……まさか」
噂話をする男は、ひと息ついてから告げた。
「そう、愛のための討伐だ」
「はぁ?」
(ええ……)
「そしてこのタイミングでの帰還。明らかに式典に合わせたとしか思えん」
「いや、偶然だろ……」
「俺の導き出した答えは――」
ビシッと指を立てる。
「この場所に、愛する人を連れて帰ってくる」
「本当かよ……」
(……うーん、なんかしっくりこないなぁ……)
そんなことを思った、そのときだった。
「聖騎士たちが帰ってきたぞー!!」
声が響いた。
ざわっ、と人の流れが動く。
「おおおおお!!」
人々が一斉に通りへ押し寄せた。
騎士たちが先導し、道を確保している。
その後ろには馬車が続く。
そして、あの聖騎士の姿が見えた。
その横には別の騎士が並んでいる。
馬車には――厚いカーテンがかかっている。
(え、ちょっと待って……)
さっきの話が頭をよぎる。
(いや、まさかね……)
気になる。ものすごく気になる。
だが――
カーテンは開かれないままだった。
中は見えないまま、隊列は通り過ぎていく。
「おおおおお!!」
近くで歓声が響く。
人々は手を振り、騎士たちを迎えていた。
やがて、その姿は遠ざかっていった。
「聖騎士が戻ってきたね」
「ああ、彼を通じて、王に取り次いでもらう」
「そうですね」
私はもう一度、去っていく騎士団の方を見た。
(なんとかして、あの人と話をしないと……)
そう思いながら、私たちは賑やかな広場を後にした。
51話までお読みいただきありがとうございます!
ここまで来られたのも、読んでくださっている皆さんのおかげです。よろしければブックマークや評価などいただけると嬉しいです。もうすでにしてくださった皆さんには改めて感謝します。
ちなみに、今回主人公の河瀬が変装した服装は、13話で登場した服装です。
ところで、ちょうど51話ということで、以前連載していた別の物語を再開しました。洞察力のある読者の皆さんなら、すでにお気づきかもしれませんが、もしよろしければ覗いていただけると幸いです。
それではまた!




