第48話:封印されし者
あれから何日も歩いた。
私たちは王都へ向かうため、森の中を進んでいた。
見覚えのある道。
前に通った時と同じはずなのに、不思議と違って見えた。
木々の隙間から差し込む光も、風に揺れる草の音も、どこか柔らかい。
一人で歩いていた頃には、そんなことを感じる余裕なんてなかった。
でも今は違う。隣にみんながいる。
それだけで温かく感じた。
「ヴェリウスさんが言ってた書物、どうやって手に入れようかな」
私がそう呟くと、ノエルが少し困ったように言った。
「王都の魔法研究室は、一般の方の立ち入りが制限されています。やはり簡単には入れないかと……」
「それなら、やっぱり怪盗団として忍び込んで――」
中村さんが言いかけた。
「ダメです」
即座に否定する。
「マリア様、やはりこの方は心が穢れているのでは?」
「うーん、そうかも」
「はい、すみませんでした」
軽口に少しだけ空気が和らぐ。
だけど、現実問題として、どうするかはまだ何も決まっていない。
正面から頼んで見せてもらえるとも思えないし、盗み出すなんてもってのほかだ。
私が考え込んでいると、ノエルが小さく呟いた。
「私のコネを使えば、もしかしたら……」
「え?」
聞き返すと、ノエルは慌てたように首を振った。
「いえ、なんでもありません」
(ええ、何それ。すごく気になるんだけど……)
でも、それ以上は聞けなかった。
「時間はまだあるんだ。色々考えてみよう」
黒田さんが落ち着いた声で言う。
「そうですね」
焦っても仕方ない。
王都に着くまでに考えればいい。
そう思った時だった。
「うわあああっ!」
森の脇から悲鳴が響いた。
私たちは顔を見合わせ、すぐに駆け出した。
木々を抜けた先にいたのは、見覚えのある赤い服の男たちだった。
「死神の女!?」
あの時の盗賊団。
王都を出発した時に、脱走したと聞いていたアイツらだった。
何人かは傷だらけで、まともに立つこともできていない。
「お願いだ、助けてくれ!」
赤い服の男が、足を引きずりながら半泣きで叫ぶ。
「あなたたち、ここで何してるの?」
「ここに宝があるって話を聞いて、森の奥を探してたんだ! そしたら、アイツが急に動き出して……!」
男が震える指で森の奥を指した。
その先から、地面が揺れるような重い音が響いてくる。
ドン……ドン……。
やがて、木々の奥から巨大な影が現れた。
最初は岩が動いているのかと思った。
だが、違った。
それは、鈍い光を放つ鋼鉄の巨人だった。
一歩踏み出すごとに地面が震え、周囲の木々が揺れる。その目だけが、赤く光っている。
(ゴーレム……? でも、こんなタイプは見たことがない……)
「もう悪いことはしねえ! だから助けてくれ!」
盗賊団の男が叫ぶ。
その時、ゴーレムの目がひときわ赤く光った。
「標的ヲ、認識」
低く機械的な声が響く。
ゴーレムはゆっくりとこちらへ歩き出した。
盗賊団を助けるつもりは微塵もない。
それでも、まずは目の前の相手をどうにかしないといけない。
「ノエル、下がってて!」
「はい!」
「中村さん、黒田さん、行きましょう!」
「ああ!」
私は杖を構えた。
迷っている時間はない。
最大出力のレーザーを放つ。
白い閃光が一直線に走り、ゴーレムの胴体に命中した。轟音とともに土煙が舞った。
だが――
煙が晴れた先で、ゴーレムは微動だにしていなかった。
「効いてない!?」
レーザーが着弾したはずの場所は、傷一つなかった。装甲が弾いたのだ。
ゴーレムは速度を落とさず、こちらへ迫ってくる。
背筋が冷えた。
(今まで、レーザーが効かない相手なんていた……?)
私はもう一度、今度は頭部を狙って撃つ。
しかし結果は同じだった。
装甲の表面を滑り、虚しく霧散する。
「そんな……」
「援護します!」
中村さんが火炎を放つ。続けて氷結もぶつける。
だが、どちらも表面をなぞるだけで、何の手応えもない。魔法を中和しているのか。
「それなら……!」
黒田さんが異空間から槍を取り出した。
「これは『エピーヌ』!」
力を込めて、全力で投げられた槍はゴーレムに命中した。
だが、弾かれた。
槍は折れ、そのまま地面に落ちる。
ゴーレムはその槍を踏み潰した。
「ダメか……」
私たちの攻撃は、何一つ通じない。
“最悪”の相手だった。
「奴の動きは遅い。いったん立て直すか?」
黒田さんが言う。
確かにその通りだった。今の私たちでは、有効な手立てがない。
そうですね、と答えかけたその時――私は思い出した。
(この先に、町がある……!)
以前、立ち寄った町。
夕焼けに照らされた、あのおじいさんの横顔が浮かんだ。
(あの町に、アイツが向かったら……)
「ごめん、このまま放っておくと、この先の町に被害が出るかもしれない」
「だが……」
「どうにかして、町から引き離せないかな」
「引き離しても、別の場所に被害が出るだけだろ」
黒田さんの言う通りだった。
でも、このまま見過ごすことなんてできない。
逃げれば私たちは助かる。でも、その先で誰かが傷つく。
目の前にいるみんなを危険に晒したくない。
だけど、放っておくこともできない。
焦りだけが胸の中で膨らんでいく。
(そうだ、熱破壊式のショットがダメなら……)
私は発想を切り替え、蓄熱式のレーザーを試す。
広範囲にじっくりと熱を与えていく作戦だ。
しかし――結果は変わらなかった。
徐々に追い詰められていく。
「……対象ヲ確認……迎撃シマス……」
ゴーレムの赤い目が、冷徹に私たちを捉え続けていた。
(これ以上、みんなを危険に晒せない……)
「ごめん、やっぱり一旦引きま――」
そう言いかけた時だった。
「俺に任せろ」
背後から声が届いた。




