第40話:聖騎士とデュランダル
広場は、張り詰めた静けさに包まれていた。
城の正門前に広がる石畳の広場は、端から端まで観衆で満ち、その外周を騎士団が取り囲んでいる。
これだけの人がいるのに、その場はあまりにも静まり返っていた。押し殺すような緊張感が漂っていた。
微かに聞こえるのは、隣にだけ届くような小さな囁きだけだった。
まるでこれから起こる“何か”を、知っているかのようだった。
「……なんか、思ってたのと違うね」
思わず、私は小さく呟いた。
「もっとこう……盛大なやつかと思ってました」
「だな」
中村さんと黒田さんも頷く。
「人は多いのに、静かすぎますね」
周囲を見渡すと、確かに熱気はある。
けれどそれは、とても祝いの熱気ではなかった。
壇上には、すでに国王が立っていた。
その隣には、もう一人、明らかに毛色の違う人物がいる。
白い法衣。長い杖。年配の男。
静かに目を閉じ、祈るように佇んでいる。
(……偉い人だよね。たしか、大司教、とかって言うんだったかな)
そして、その少し後ろ。
中央に、一人の男が立っていた。
重厚な鎧に身を包み、微動だにしない。
けれど――この場の“中心”が誰なのか、直感的に分かる。
遠目にも伝わる圧。
無駄のない立ち姿。
それ以上に、揺らがない何かが、そこにあった。
「あの人が、そうなの⋯⋯?」
「皆さんも、そう感じますか」
不意に、背後から声がした。
振り返ると、ノエルが立っていた。
「ノエル?」
「はい、お久しぶりです」
柔らかく微笑む。
だが、その視線は壇上に向けられていた。
「式典があるって聞いて、興味本位で来たんだけど、なんか空気おかしくない?」
私は率直に聞く。
ノエルは小さく頷いた。
「はい。特別な儀式なので」
「聖騎士の叙任式、なんだよね?」
「ええ⋯⋯そういうことになっています」
「……そういうこと?」
少し引っかかる言い方。
「ええ、本来であれば、国を挙げての祝祭となるべき儀式なのですが――」
ノエルは少しだけ間を置き、続けた。
「聖騎士という称号は、あまりに特別なものです。形式としては、あそこにいらっしゃる大司教が認めた上で、国王から授与されて正式に聖騎士として叙任されます。しかし実際には“試練”なのです」
「試練……?」
「はい、聖剣――『デュランダル』によって」
「それは……」
「ただの剣ではありません。意志があります。邪悪な魂を持つ者が触れれば⋯⋯命を奪うと、言われています」
「え⋯⋯」
ノエルの声は、とても静かだった。
それでも、その重さは十分に伝わった。
「過去、聖騎士を自ら名乗り、己の名声と欲望を満たそうとした者がおりました。しかし、その者が剣を握った瞬間に、その場で絶命したとされています」
周囲の空気の理由が、ようやく腑に落ちる。
ざわめきはある。
でも、それは期待や興奮じゃない。
不安と、祈りなんだ。
これは、予定調和な式典なんかじゃなかった。
「だから、皆……」
「はい。あの方の、無事を祈っているのです」
広場を見渡す。
目を閉じる人。
手を組む人。
ただ、じっと見守る人。
それぞれの形で、この場に向き合っていた。
「そんな危ない試練を、国王があの騎士に受けろって命じたの? 名誉のために?」
「はい、建前はそうですが⋯⋯実際は少し違います。もちろんこれまでの功績もありますが――あの方が、自ら志願したのです。聖騎士となることを」
「そんな⋯⋯だって、もしかしたら命を失うかもしれないんでしょ?」
「はい。過酷な試練ゆえ、歴史上も、聖騎士として正式に認められた者は、これまで一人しかいません」
私は、なぜわざわざそんな危険なことをするのか、どうしても理解できなかった。
肩書なんて、どうだっていいじゃん。
「マリア様の疑問も理解しています。なんでそこまでするのかと。ただ、聖騎士はやはり特別なのです。聖騎士の称号には、それだけの力があります。そして、あのお方は、世界の人々を救うためには『聖騎士』と『デュランダル』が必要なのだと、そうおっしゃっていました」
言いたいことは分かる。
けど、納得はできなかった。
(命を失うこと、怖くないの?)
それでも、あの人の覚悟は伝わった。
そのとき――
ファンファーレが高らかに響いた。
ざわめきが止まる。
国王が一歩、前に出た。
「本日、この場において――」
よく通る声が、広場全体に響く。
「騎士オルドランの功を称え、聖騎士の称号を授ける」
(あの人が……)
オルドランと呼ばれた男へ、視線が集まる。
名前と姿が、ここで結びついた。
そして、白い法衣の男――大司教が、ゆっくりと目を開いた。
静かに一歩、前へ出る。
それだけで、場の空気が変わる。
祈りの気配が、ひとつに収束していく。
壇上の脇から、数人の従者が現れた。
いずれも同じ白の装束。
その手には、布に包まれた長いもの。
慎重に、丁寧に運ばれていく。
壇上の中央へ。
大司教の前に据えられる。
従者の一人が、布の端に手をかける。
そして――静かに外した。
一振りの剣。
飾りは少ない。
それでも、ただそこに在るだけで、視線が引き寄せられる。
(……あれが、デュランダル)
上手く言葉にできない。
この場だけ、何かが変わったような感覚。
だけど、一秒足りとも目が離せない。
いや、目を逸らすことすら許されない圧力だった。
オルドランが、一歩前に出る。
剣の前へ。そして告げる。
「世界のために、この身を捧げると誓う」
大司教が、静かに口を開いた。
「その誓いに、偽りはないか」
低く、よく通る声。
「はい」
迷いのない返答。
大司教は、わずかに頷いた。
そして――
「……ならば、示せ」
その一言が、静かに落ちた瞬間。
広場の空気が、さらに静まり返る。
オルドランが、手を伸ばす。
ゆっくりと。確かめるように。
指先が、柄に触れる。
そして、握った。
その瞬間――
光が、剣から溢れ出した。
剣の内側から滲むような、淡い輝き。
手元から広がるように、静かに灯る。
空気が震える。
――息を呑む。
オルドランは、剣を握ったまま立っている。
そのまま、崩れることもなく。
ただ、そこに在る。
彼は、ゆっくりと剣を天に掲げ、そして声を放った。
「世界のために、この身を捧げると誓う!」
その声が、広場に響いた。
先ほどとは違う、確信のような響き。
国王が一歩、前に出る。
「騎士オルドランを、ここに聖騎士として認め、これを叙する!」
――次の瞬間。
歓声が、爆発した。
「おおおおおおおおおお!!」
叫び。
歓声。
拍手。
抑え込まれていたすべてが、一気に溢れ出す。
人々が手を掲げ、互いに喜びを分かち合う。
すすり泣く者たちもいる。
さっきまで、なんで彼がそこまでするのか分からなかった。今も、頭では分からない。
それでも、胸が痛いくらい震えていた。
人々の歓声は、いつまでも鳴り止まなかった。




