第39話:解釈違いな人たち
「早速、実戦に行かないか?」
店を出てしばらくしてから、黒田さんが言った。
あれだけの量の投げ槍を仕入れておいて、使わないという選択肢はないらしい。
「お、奇遇ですね! ちょうど同じこと考えてました!」
中村さんもそれに賛同した。
彼、いや彼女も、今の魔法の力を試してみたかったようだ。
「そうですね、行きましょうか」
そうして、私たちは街の門をくぐり、モンスターの気配を探した。
……が。
「いないな」
「いませんね」
拍子抜けするくらい、何も出てこない。
風が吹き、草が揺れるだけの、のどかな景色が広がっていた。
「他の冒険者が討伐し尽くしちゃったんですかね」
「どうだろうな、時間が悪いのかもしれん」
「それじゃ、あっちの森の方はどうですか?」
「そうだな、行こうか」
以前、私一人だけでこっそりレベル上げをした経験から提案してみる。
早速、黒田さんは向きを変えて森に向かって進み出した。その後ろを、中村さんと私も続く。
少し歩いたところで、不意に中村さんがこちらを見てきて話しかける。
「そういえば、今の僕、どうですか?」
「どうって?」
「見た目とか、振る舞いとか」
「ああ……」
私は少し考える。
「うーん……ちょっと違和感あるかも」
「なんか、役が定まってない感じあるよな」
黒田さんも、こちらを振り返り会話に加わる。
「そうなんですよ。正直迷ってるんです」
「それでよく今の姿になれたな⋯⋯」
「正直、アイデンティティが揺らいでます⋯⋯」
(言葉だけ聞くと、重いなあ)
「まあ、性別も変わっちゃってるしね……」
「アイデンティティどころじゃない気がするが⋯⋯」
「あ、そうだ」
私は、違和感の原因を口にしてみる。
「その姿なら、一人称は『僕』じゃなくて、『私』とかじゃない?」
「私、ですか」
「そうそう。あ、それか、もういっそ下の名前を名乗るとか」
「えっと、それはどういう意味ですか……?」
「ほら、自分のことを『ナギは〜』って言うやつ」
「ああ、それもあるな」
黒田さんが頷く。
「そのタイプは、セットで語尾も伸ばしがちだな」
「たしかに! それに、そう言う人って、『めっちゃ性格良い人』か、『めっちゃ性格悪い人』かの二択なんですよね」
「それは、姐さんの偏見なのでは?」
珍しく、中村さんから正論が飛んできた。
「それはいいとして、中村さんはどう?」
「えーと、ナギ的には〜」
「早速きた」
「ありかもしれないです。それにナギは〜、性格いい子なんですよ〜?」
「ぜったい嘘。嫌いだもん、そういう人」
「ひどい!」
そんな軽口を叩きながら歩く。
やがて景色が変わり、森へと足を踏み入れた。
「さて、いよいよだな」
「そうですね」
空気が少し重くなる。
足音を抑え、周囲を警戒する。
しばらく進んだところで――現れた。
「……あれは」
私は思わず呟いた。
木々の隙間、さらに上。
黒い影が、いくつも重なって動いている。
「……鳥?」
「いや……違うな」
羽ばたき方が不自然だ。
膜のような羽。骨張った輪郭。黒い姿。
⋯⋯コウモリだ。
サイズも、思ってた以上に大きい。
そしてその数、20体以上はいるだろうか。
影がうねるようにまとまり、こちらを向いた。
次の瞬間――
黒い群れが、一斉に急降下してきた。
裂けた口。細い牙。
耳障りな鳴き声。
「来るぞ!」
散開して、とっさに回避する。
風圧とともに影がかすめる。
「俺たちを狙ってるな……」
「みたいですね」
数が多い。当初、二人のリハビリを兼ねた実戦のつもりだったが、こちらも全力で立ち向かわないとまずいかもしれない。
「ちょっと数多いですし、私も加わっていいですか?」
「もちろんだ!」
「姐さん、頼みます!」
(まずは私から⋯⋯!)
杖を構えて、群れに照準を合わせる。
その直後――閃光。
先頭を飛んでいた数体が、そのまま落ちる。
(よし、次!)
再び光を走らせるが、今度は掠めるだけ。
直前でかわされる。
群れの動きが変わっていた。
上下に散り、急旋回を繰り返す。
(動きを読まれた……?)
「あいつら、学習してやがる……!」
「厄介ですね……! それなら!」
中村さんが杖を構える。
「任せてください!」
風の魔法が放たれ、群れにぶつかる。
群れの動きが大きく崩れた。
「ナイス!」
「あとは俺に任せろ!」
黒田さんが右手をかざす。
空間が歪み、そこからごそごそと何かを取り出す。
「おお、これは……『レゼール』!」
三日月状に、少し湾曲した刃を持つ槍。
不思議な形をしている。
「いくぞ!」
黒田さんは、スキルを発動した。右半身に力を込めているのが分かる。
「安心してくれ、これはまだ全力じゃない⋯⋯」
そう告げると、槍を投げた。
槍は一直線ではなく、空中でわずかに軌道を変える。
「レゼールは、舞う!」
上空へ逃げようとした個体を、下から貫いた。しかも、複数の敵を同時にだ。
しかし、まだ個体の多くが群れを成している。
「一本で足りないのなら――」
次の槍を構えて言い放つ。
「足りるまで投げるだけだ!」
次々と放たれる、槍の嵐。
圧倒的な数と不規則に変化する軌道に、相手は回避しきれない。次々に撃ち落とされていく。
数で押してきたはずの群れが、崩れるのは一瞬だった。
そして、最後の一体が落ち、やがて動かなくなる。
「よし!」
「やりましたね!」
横に並んで、軽く拳を突き合わせる二人。
(……息ぴったりだ)
そして、倒したモンスターたちに目をやる。
冷静に見ると、その造形は怖い。
「あとでギルドに持っていきましょうか」
「そうだな」
そう言って、空間魔法で回収をしていった。
作業をしながら、二人はお互いを称え合っていた。
「中村の魔法は、問題なさそうだな」
「まあ、そこそこ強いので」
「そこそこってなんだよ」
「うーん、多分ボスクラスの相手には効きません」
「なんだそれ」
「それにしても、クロさんすごかったですよ」
「ああ、ありがとう」
黒田さんは、少し照れたように笑い、遠い目をして言う。
「あの親父さんの、おかげだよ⋯⋯」
「黒田さん⋯⋯」
(いや、店のおじさん、去り際めちゃくちゃ引いてましたけどね!)
せっかくの余韻を邪魔するのも悪いので、ツッコミは心の中にしまっておいた。
そのとき。
後ろから声がした。
「あ、あの⋯⋯」
振り返ると、どこかで見た顔が並ぶ。
以前、森で出会った、三人組の女性冒険者たちだった。
「ああ……あのときの……!」
私も思わず声が出る。
「姐さんの知り合いですか?」
「前にちょっとね⋯⋯」
「あのときは、その、ありがとうございました!」
「そんな、私は大したことしてないよ」
「いえいえ、本当に助かりました! 改めてお礼が言いたくて」
そう言い放って、向こうは深く頭を下げる。
「それでは、また」
そう言い残して、彼女たちは離れていく。
その中の一人の杖が目に入る。
先端が光った気がした。
(⋯⋯宝石? あ、もしかして⋯⋯)
以前、彼女たちと出会ったときに、私が杖につけてるのを見ていたのか。それを真似したのかな。
こちらは、あくまでレーザーの強化用だったんだけど。
(この世界の「オシャレ」に影響与えちゃった? それなら私も、ぷよまるくんのぬいとか杖に付けたいなあ⋯⋯いや、流石に邪魔かな)
「あ、あの!」
先ほどの冒険者の一人が、歩き出した私たちに後ろから声をかけた。
「私、いつかあなたみたいになってみせます! それでは!」
そう言って、彼女たちは、こちらに手を振って去っていった。私も手を振り返す。
(私のどこを見て、そんなふうに思ってくれたんだろう……ただレーザー撃ってるだけなんだけどな⋯⋯)
私は、その場で「ありがとう」と返すことしかできなかった。
◆◇◆
腕ならしで実戦を繰り返し、街へ戻るころには、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
「今日はこのまま宿に戻るか」
「さすがにちょっと疲れました」
「二人とも本当にすごかったですよ」
最初は二人の新しいスタイルに半信半疑だったが、次第に板についてきたのか、以前に負けないくらいの力を発揮している様子だった。
そんなことを話しながら、街の通りを歩いていた。
すると、前方で立ち話をしている人たちの声が、ふと耳に入った。
「いよいよ明日らしいぞ」
「ああ、聖騎士の叙任式だよな⋯⋯」
何気ない会話。
だけど、“聖騎士”という言葉が、妙に耳に残っていた。
このときの私は、まだ知らなかった。
それが、何を意味するのかを。




