第38話:在庫荒らしのジャベリンコレクター
先頭を歩いていた黒田さんが、くるりとこちらを振り返った。
「それじゃあ、“槍”の買い物、付き合ってもらうぞ」
そういえばそうだった。
孤児院やノエルの件で、完全に忘れかけていたが、本来の目的はこれだった。
「黒田さんの夢、でしたよね。投げ槍をたくさん用意して、それで戦うっていう」
「ああ。街でまとめて仕入れておいて、必要なときに取り出して投げる。シンプルだがロマンがあると思わないか?」
「ロマンで戦場に出るの、ちょっと怖いですけどね」
「大丈夫だ。ロマンはだいたい強いぞ」
どんな理屈だ。
「とりあえず、武器扱ってる店に行くか」
「そうですね」
「ほら、あれとか?」
中村さんが指で示した先には、いかにも“武器屋”といった店構えの建物があった。
外からでも分かる。剣に盾、それに鎧。王道な装備がずらりと並んでいる。
「おお、いい雰囲気だな」
「入ってみるか」
扉を開けると、カラン、と軽い音が鳴った。
「いらっしゃい」
カウンターの奥から、店主らしき男が声をかけてくる。
「今日は何を探してるんだい?」
「槍を」
黒田さんが即答する。
「ああ、それならそこにあるぜ。いい代物だ、安心してくれていい」
そう言って案内された先には、整然と並べられた槍がいくつもあった。どれも重厚で、いかにも戦場用といった雰囲気だ。
「あの、こういった槍じゃなくて、投げ槍とかありますか?」
黒田さんが聞くと、店主は少しだけ眉を上げた。
「投げ槍か。シブいね、あんた。悪いんだが、うちでは扱ってないんだよ。うちは見ての通り、売れ筋の王道なものを取り扱っててさ。すまないね」
「そうですか……」
「ああ、でも⋯⋯!」
店主が思い出したように手を打った。
「“あそこ”ならあるかもしれねえな」
「あそこ?」
◆◇◆
紹介されたのは、街の裏通り。
さっきまでの明るい通りとは打って変わって、少し薄暗く、人気もまばらだ。
「ここに本当にあるのか……?」
「たしかこの辺りだって」
「お、あった。あれか」
視線の先に、古びた店があった。
「なんか暗い感じの店だな……」
「まだ営業してるのかな……」
「入ってみるか」
扉を押すと、ギィ……と重たい音がした。
「すみません、投げ槍を扱ってると聞いたのですが⋯⋯」
「あんたら、初めて見る顔だな。そうだが⋯⋯」
奥から現れたのは、いかにも頑固そうなおじさんだった。
「あのー、投げ槍を見せてもらうことはできますか?」
「そこら中にあるから、好きなもん見ていきな」
言われて周囲を見回す。
「……おお!」
一面、投げ槍。
壁にも、床にも、棚にも。形も長さも重さもバラバラで、まるで投げ槍の博物館だ。
「すご……」
「気になるものがあれば言ってくれ。使い方、教えてやるよ」
「ありがとうございます。それでは、これは?」
黒田さんが一本手に取る。
「ああ、それはな――」
おじさんが語り始めた。
「先が細く、そして鋭く尖っている。当たると先が折れ曲がって抜けにくい作りになっている。盾なんかに有効だ」
「おお、それはまさに『ピルム』だ!」
「ピルム? 初めて聞いたな。それは『エピーヌ』って呼ばれてる。お前さん、これを知ってるのか?」
「ええ、似たようなものを聞いたことがありまして」
「あんた、迷い込んでここに来たわけじゃなさそうだな。そうだ、その隣のやつなんかもいいぞ」
「それは?」
「これはだな――」
……え。
「素材が軽くて、飛距離が出やすい」
「なるほど。遠方にいる敵を狙うのに優れていると」
「その通りだ」
「では、これは?」
「それに目を付けるか。それは――」
(なんか、気難しそうなおじさんと、めっちゃ意気投合してる……)
「投擲時の回転による角度が――」
「なるほど。つまり重心が――」
(ああ、やっぱり投げ槍に興味ない!)
「素晴らしい……!」
黒田さんは目を輝かせている。
やばい、これは完全に落ちている。
投げ槍という沼に。
「ご説明ありがとうございます。あの、すみませんが、こちらのお値段は? 値札がちょっとかすれていて読めなかったので⋯⋯」
「おお、すまないな。そのエピーヌは1つで銀貨1枚と銅貨30枚、横のやつは銀貨1枚だな」
「おお、なんとリーズナブルな!」
(お手頃なのか⋯⋯? 正直相場が分からないけど⋯⋯)
でも黒田さんのテンションは高そう。
そのとき、黒田さんが私と中村さんを手招きした。
「すまんが、この店で色々と買っていいだろうか? これほど品揃えは他の店にはなさそうなんだ」
「ああ、構いませんよ。金貨まだまだあるので」
「クロさん、ここは思い切っていっちゃいましょう」
「いくらぐらい使っていいもんだろうか⋯⋯」
「そうですね⋯⋯予算は、これくらいで!」
私は手を使って金貨の枚数を示す。
「河瀬さん、それは……」
「いっちゃいましょう!」
「……よし」
覚悟が決まった顔になった。
「あの、親父さん。商品を買いたいんだが⋯⋯」
「ああ、あんたは見込みがありそうだ。戦況に応じてどれでも上手く使いこなせるはず。それでどれだ? 欲しいのは」
「それでは、金貨10枚で、買えるだけ買いたいのですが⋯⋯」
「は?」
「金貨10枚です」
「銀貨じゃなくて⋯⋯?」
「はい。金貨10枚です。あ、その中には、このエピーヌと、横のギザギザのやつも何本か入れてほしいです」
なんだろう、この感じ。
馴染みの居酒屋で、焼き鳥の盛り合わせを注文。
そして店のおじさんが親切にも聞いてくれる。
『何か好きな串、あるかい?』
『あ、ねぎまと皮、入れられますか?』的なノリ。
絶句していた店主が、ようやく口を開いた。
「金貨10枚もあったら、この店のもん、全部売り払っちまうことになっちまうよ!」
「おお! そうでしたか。ぜひお願いします! 二人も構わないよな?」
「いいんじゃないですか?」
「うん、いいと思う⋯⋯」
「ああ……」
店主、完全に困惑していたが、しばらくすると観念したように頷いた。
「……分かった」
そこからは早かった。
店の奥からも、次々と投げ槍が運び出される。
店主は、計算機を叩きながらぶつぶつ言っている。
「全部で……金貨7枚と銀貨1枚、銅貨30枚だな……ここまで買ってくれるんだ、端数の銀貨と銅貨の分は割り引いておくよ⋯⋯」
「いえいえ、悪いのでそのままお支払いします。あ、すみませんが、銀貨の手持ちが少ないので、金貨8枚でもいいですか。お釣りもお願いします」
「あ、ああ……」
店主はきょとんとしていた。
その後、店の銀貨と銅貨をかき集めて渡してくれた。黒田さんはそれを革袋にしまう。
「よし」
そう言うと、手をかざした。
次の瞬間――
店内の投げ槍が、まるで掃除機に吸い込まれるように、次々と消えていった。
「ああ⋯⋯」
「おお!」
「すごい」
店主と中村さん、私の三人は同時に声が出た。
「あとで取り出すときに大変そうじゃないですか?」
「まあ、なんとかなるだろ。気分で投げようかなと」
「クロさんの空間魔法の中は、物がぐちゃぐちゃしてそうですねー」
「そこは、まあ気合いだ」
気合いでどうにかなるのか、それ。
数分後。
店内は、空っぽになった。
「……ま、毎度あり……」
店主の声が、虚しく響く。
それに対して黒田さんは笑顔で言い放つ。
「今日は本当にありがとうございます。投げ槍のこと詳しくなりました。またぜひ詳しいお話聞かせてください!」
「あ、ああ……気をつけてな……しばらくうちは営業休みにしてると思うが……」
「商品が入ったら、また伺いますので」
「え、また来るの……?」
店主の顔が、なんとも言えない表情になっていた。
「あんたら、いったい……」
「名乗るような者じゃないですよ」
黒田さんが、にこりと笑う。
(いやいや、孤児院のときと違って、そのセリフはヤバい奴じゃない?)
心の中でツッコむが、もう遅い。
私たちは、空っぽの店を後にした。
外に出ると、黒田さんは満足そうに言った。
「いやー、良い店だった。実戦が楽しみだ!」
「そうですね、ははは……」
私は乾いた笑いを浮かべる。
帰り際、振り返って店主の顔をちらりと見た。
私と目が合うと、困惑とも恐怖ともつかない複雑な表情をして、すぐに顔をそらした。
(なんか、完全にヤバい奴らに思われてるんじゃ⋯⋯?)
そんなことが頭に浮かんだが、もはや手遅れだった。
(まあ、黒田さんも楽しそうにしてるし、良しとしよう)
そう思い直して、私は再び歩き出した。




