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「これはもう、お茶じゃないね」

 街路に出ると、朝の空気は少しきりっとしていた。

 吐く息が白くなる季節だ。

 木々の葉を落とす風は、冬の匂いがし始めている。


 リアは肩にマントをかけ直し、冬支度のための買い出しリストを確認しながら歩いた。

 薪屋で薪を受け取り、保存食の店で干し肉をいくつか買い足す。


 油屋で小瓶の油を受け取りながら、ふと、ルゴルが言っていたことを思い出す。

(……今年は本当に冬が早いな)


 荷物を肩にかけて店を出たところで、通りの向こうからレネアが手を振った。


「リア!」

「おー、レネア。仕事帰り?」


 レネアは小走りで近づき、肩で息をしながら笑った。

「そんな感じ。冬になったら仕事も減るし、今のうちにね」

 リアの抱えている荷物に視線を落とし、

「ああ、そっちも冬支度か。考えることは同じだな」嬉しそうに頷く。


 リアも笑って、荷袋を軽くたたいた。

「今日はルゴルが出かけてるからね。進められるところはやっちゃおうと思って」


 レネアは、少し考えるようなそぶりを見せたあと、ふっと笑った。

「なら、ちょうどいいな。ノエル、呼ばないか?久しぶりに顔見たくてさ」


 思いがけない提案に、リアはぱっと顔を明るくして頷く。

「いいね。ノエル、最近忙しそうだったし、私もしばらく会ってないんだ」


 二人は、そのまま並んで魔法協会の支部へと向かうことにした。

 季節の匂いが変わって、町の人々の歩幅もどこか急ぎ気味だ。

 そんな中でもレネアの歩き方は軽やかで、その姿を、リアは彼女らしいと思う。


 支部に着くと、 ノエルがちょうど廊下で書類をまとめて歩いていた。

「あっ……リア。それにレネアさんも。おはよう。」


 ノエルの雰囲気はおっとりしているが、声には落ち着いた響きがある。

 人当たりのやさしい空気が、そのまま周りの温度を和らげるようだった。


 レネアはひらひらと手を振り、気軽に声をかける。

  「ノエル、今日は昼休憩の時間ある? お茶に行かないか?」


 ノエルは驚いたように瞬きをしたが、すぐに頬を緩めた。

「そうね。これを片付けたら、午後は休めそうだし……行きたい!

 最近、仕事ばっかりだったから」


「よし決まり。じゃあ、前に行こうって言ってた西の通りのカフェに集まろう」

 リアはそう言うと、「一旦、宿に荷物置いてくる」と荷袋を軽く掲げた。

 レネアも、「そうだね。私も置いてから行くよ」と笑って頷く。


「それじゃ、私もこれを片付けたら向かうね」

 嬉しそうに笑い、そっと書類の束を見せたノエルを口々にねぎらうと、二人は建物を出た。


 手を振り、「じゃ、また後で」「うん」と、それぞれの宿に向かって歩き出す。


 冷えた朝の空気の中で、二人の呼吸が白く溶けていく。

 その足取りは軽く、これから話すことを、誰もがどこか楽しみにしているようだった。


 —


 カフェに集まった三人は、それぞれに飲み物を注文し、くつろいだ表情を浮かべていた。


 運ばれてきた焼き菓子をつまんで、リアが言う。

「あ、これうまいね。追加でいっとく?」


 レネアがメニューを覗き込みながら指を差す。

「それなら、この盛り合わせにしない? 色々食べたいし」


 ノエルが「三人だから、量もちょうど良さそう」と頷くと、

 リアは「うん。じゃ、これにしよう」店員に声をかけ、追加の注文を頼んだ。


「ノエルは最近どう?」


 リアにそう聞かれて、ノエルは柔らかく笑った。

「魔術師協会の仕事は忙しいけど、充実してるよ」


 届いたお茶と焼き菓子に目を細めながら、そっと息をついた。


「冬前に、結界の強化やタリスマンの備えをしたい人が多くて。毎年秋はこんな感じなの。

 冬の蓄えのために依頼を多めにこなしたい冒険者も増えるから、魔石や札の需要も増えるし……ヒーラーは怪我の対応で忙しそう」


「あー、なるほど」

 レネアが顎に手を当てる。

「確かに、秋はそういう季節だね。怪我人が増えるのも、“秋の支度”の内か」


「そうなの……!」

 ノエルが大きく頷く。

 カップを両手で包みながら、少し肩の力を抜いて続けた。


「私は事務所とか、魔道具の製作所にいることが多いから、ヒーラーみたいに飛び込みの仕事はないし……忙しいって言っても、わりとマイペースなんだけど」


 そこまで話してから、ふと視線が落ちる。


「でも、本部から来た人は、ちょっと……」


「どうした?」

「ちょっと?」


 リアとレネアに同時に目を向けられ、ノエルは少しだけ手を振る。


「あ……大したことじゃないの。ただ、ちょっと……チクチク突っ込んでくるかな?って人がいて」


 苦笑しながら、言葉を選ぶ。

「結婚はしないのか、って聞かれたり」


「結婚?」

 焼き菓子をつまんでいたリアが、少し眉をひそめる。

「今後の仕事はどうするんだ、的な?」


「うん。経歴をどう積み上げていくのかとか、高位の魔術師を目指す気はあるのか、とか……」


 ノエルはカップを両手で持ち、少し視線を揺らした。

 レネアはお茶に息を吹きかけながら言う。


「まぁ……よく取れば、やる気の有無を聞かれてるだけなのかもしれないけど、疲れるね」


「うん。でも、すごく嫌な聞き方じゃないの。本部にいた頃は、もっと……強く嫌味を言われることもあったから」


 そうフォローを入れてから、一息つくように、ノエルはお茶の香りを楽しんだ。

 一口飲むとぱっと表情が明るくなる。


「わ、これ、スパイシーでおいしい」


「うん、それ。甘くて香りがいいし、飲むとあったまるよな」

 リアの相づちに、レネアが「え、いいな。次はそれ頼もうかな」とメニューへ視線を落とす。


 ノエルのやわらかな雰囲気と、天性の魔術の才。

 本部にいた頃、妬みや昇進争いの中で、陰口や足の引っ張りを受けていたであろうことは、想像に難くない。


 先日、依頼を共にした中で、その実力を目の当たりにしていたリアとレネアには、それがよく分かっていた。


 だからこそ、ノエルが語らない部分には踏み込まず、

 今こうして口にした分だけを、軽く受け止める。

 それで十分だと、自然に分かっていた。


 そんな二人の反応に安心したのか、ノエルはそっと話を続ける。


「キャリアを積むなら本部に行かないといけないとか……もしそうなら、希望の部署を推薦してやるって言ってくれてるし。悪い人じゃないの。親切で言ってくれてるんだと思う」


 リアとレネアは、ふっと表情を緩めた。


「いい人か~。ま、悪意はなさそうだな」

「お節介も、行き過ぎたら攻撃だけどね」

「結婚まで口出しするのは行き過ぎだよな」

「それな。突っ込み過ぎ」


 軽く言い合ってから、二人とも視線をノエルに戻す。


「そうなの。それはちょっと困ってて」


 ノエルは表情をわずかに曇らせ、小さく頷く。


「本部に戻るなら、住むところも限定されるし……結婚も影響するのは分かるんだけど」


 珍しく、素直に困った顔を見せた。

 少し迷ってから、続ける。


「マウントっていうのかな? 気のせいかもしれないんだけど……

 『私は本部近くの出身ですからこの街にも詳しいですし、二位上級ですから、優先的に寮を借りることもできますが』とか」


 カップを持つ手が、少しだけ揺れる。


「『この辺りで家を借りるなら、家族向けだと結構な出費ですよ。蓄えはあるんですか?』って聞かれたり……」


 頬に手を当てて、小さく息を吐いた。


 その言葉を聞いた瞬間、リアとレネアの表情が、ぴたりと止まる。


 リアが「んん……?」と眉を寄せ、

 レネアも静かにカップを置いた。


 ほんの一瞬の沈黙。


「その人、結婚してるの?」

 レネアが淡々と問う。


「ううん、独身で……実家に暮らしてるんですって。

 でも両親は地方に移り住んでいて、家は処分しても構わないって言われてるから、自分は寮に入ることも考えてるって」


「へぇ……」

 リアは椅子にもたれながら、少しだけ首を傾ける。


「もしかしてさ。ノエルが本部に戻るなら、余ってる部屋を貸してやってもいい、みたいな話、されてる?」


 ノエルがぱちりと瞬きをした。

「……どうして分かるの?」


 その反応を見て、レネアがメニューをぱたんと閉じる。

 静かにテーブルの端へ置き、「よし」と頷いた。


「2杯目、私もガザナ風ミルクティーにしようと思ったけど……やめた」


 少しだけ肩をすくめ、続ける。

「これはもう、お茶じゃないね。飲みに行こう」


 その声に、リアも頭の後ろで組んでいた手をほどいた。

「だな。通りの酒場、もう開く頃だ。行くか」


「え、酒場に……?」

 目を丸くするノエルの肩を、レネアがぽんと叩いた。


「大丈夫。あそこ、昼は定食屋だし、夜も割と治安いいから」


 リアが笑いながら口を挟む。

「ノエル、結構飲める方だったよな?」


「あ、うん……魔力量が高いから、分解が早いみたいで……たぶん、結構飲める方」


「私と同じだな」


 リアが焼き菓子をひとつ口に放り込むと、

 レネアもカップを傾けながら笑った。


「いいね。気になってたボトルあるんだ。三人なら気軽に試せる」


 やがて、三人は荷物をまとめて立ち上がると、

 お茶の香りが満ちる店を後にし、人々が行きかう通りへ出た。

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