酒代は現地調達で
※少し性的な表現があります。
昼下がりのギルドは、冬前の最後の稼ぎを求める人が数人、依頼書を眺めていた。
初秋の賑やかさが嘘のように落ち着いた空気の中、ノースが掲示板に貼られた依頼書に静かに目を通している。
紙の余白に走る数字を一つひとつ追っていると、背後から聞き覚えのある明るい声が落ちてきた。
「よっ、ノース!」
振り向くと、カルドが片手を上げて、快活そうな笑顔でノースに向かって歩いてきていた。
ノースは一瞬驚いた顔をしたが、眼鏡の奥の目は穏やかだった。
「カルドさんも、冬前の仕事を探しに?」
「ああ。今年の冬はどこで越そうか迷っててさ〜。それでどこの依頼を受けるか変わるだろ?」
そう言い、掲示板に張り出された依頼書を眺めていたカルドが、1枚の依頼書に目を留めて「おっ、これいいじゃん」と笑う。
「なあ、ルゴルを誘って、また3人で飲まね?丁度いい酒代がある」
「これこれ。ナルボス駆除。報酬、三人以上。まぁまぁの額だろ?」
カルドは掲示板から依頼書を1枚剥がすと指先で弾き、ノースに差し出した。
ノースは受け取った内容に目を通すと、
「ナルボスの駆除……秋の定番ですが、まだ残ってたんですね」
「そうそう。場所と金額と、張り出した時期が悪かったんだろな」
そう言ってカルドは腕を組むと、ノースの目を見てニヤリと笑う。
「冬前の蓄えには足しにならない額でも、3人で一晩酒を楽しむには丁度いい。だろ?」
ノースがカルドと依頼書の間で数度視線を往復させ、「ルゴルさんがお暇じゃない場合は……」と言葉を探すと、カルドは「俺とお前、2人で行って、この町でルゴルを酒場に引きずり込もうぜ」と笑う。
顔を上げ、「……僕と二人でもいいんですか?」と意外そうなノースに、「もちろん。前衛と後衛、いい組み合わせじゃん?」とカルド。
「嫌なら、無理にとは言わないけど。俺は、お前と仕事して楽しかったからさ」と頭をかくカルドの自然な笑顔に、ノースは柔らかく笑う。
「私も、あの遺跡の仕事は楽しかったです。……いいですね、行きましょう」
ノースの返事に、カルドは「よし、決まりだな」と笑い、「じゃ、このままルゴルに声かけに行くか!」と言い、ギルドの出口に向かいます。
「はい。あ、その前に、一旦2人で申請して、この依頼を抑えてしまいましょう」とノース。
目を丸くして振り返ったカルドに、「ルゴルさんの返事がどうであれ、僕たちは行けますからね」と言い、カウンターに向かうノース。
その背中をしばらくポカンと見つめていたカルドの顔に、嬉しそうな笑顔が浮かんでいく。
「もちろん」と頷いたカルドはノースの横に行き、カウンターに肘をつくと、ノースの背を軽く叩いて笑った。
「いずれにせよ、前衛は任せろ。ギャンギャンさばいてやるよ」
「はい。お願いします」
二人の間にある空気は、知り合いのそれから、友人のものへと変わりつつあった。
---
晩秋の夜は冷える。
扉を閉めた途端、外の空気が遠のいた。
「あったまりに来た」
そう言って、ルゴルの部屋に来ていたリアは、書類を確認しているルゴルに身体を寄せていた。
少しだけ体重を預けると、すぐに体温が移ってくる。
しばらくそのままでいたが、ふと息を抜いて、顔を上げた。
「あー……何となく、そういう気になってきたな」
ルゴルが紙をめくる音が、静かに響く。
「寒くて来たと聞いたが?」
「そうなんだけどさ」
リアは軽く笑いながら、ルゴルのシャツの裾に手を差し入れる。
腹に触れると、思ったよりも更に温かい。
「ま、これはこれで、あったまるだろ?」
「確かに?」
短く答えて、ルゴルが顔を寄せる。
軽く口付けながら、リアのチュニックの紐を指先で解いた。
緩んだ布を肩から落としながら、ルゴルが言う。
「明日は、ノースとカルドの三人で出ることになった」
リアは「ん」と小さく返しながら、ルゴルの首筋に顔を寄せる。
「朝に出て、依頼をひとつ受ける。そのまま飲みに行く予定だ。
戻るか、近くで宿を取るかは、その時次第だ」
「そっか」
リアは顔を上げて、にっと笑った。
「すっかり仲良しだね。いいじゃないか」
ルゴルの手が、耳の後ろから首すじへと滑る。
そのまま肩へと降りていく動きに、リアがくすぐったそうに肩をすくめる。
「じゃあ私は、明日は買い出しに行こうかな。
そろそろ冬支度、進めていかないとな」
「そうだな。今年の冬は早いかもしれない」
「あぁ、それ。モロルーの時に、集落のじいさんも言ってたな」
言いながら、胸から下へと降りてくる手に、リアは一瞬だけ息を詰める。
そのまま、軽くルゴルの肩に口付けた。
「なんか、ついでに買ってきて欲しいものとか、あるか?」
「特にはないな。任せる」
「了解」
短いやり取りのあと、どちらからともなく言葉が途切れる。
外の冷えは、もう気にならない。
二人は、そのまま温まることに忙しくなっていった。
---
翌朝。
食堂には、朝の白い光と共に、柔らかなざわめきが広がっていた。
二人は並んで席につき、簡単な食事を取り始める。
リアは、ルゴルの足元に置かれた荷物に目をやった。
「今日の依頼って、ナルボス?」
ルゴルが「ああ」と頷くと、リアは小さく笑った。
「当たりだな」
ナルボス相手なら、ダガーと弓があれば足りる。
素材も大したものは取れない。ルゴルの荷は、いつもより軽かった。
パンをちぎりながら、リアが思い出したように言う。
「そういえば、残ってた依頼あったね」
「貼り出された時期が遅かったからな。
引き受け手がいなかったんだろう」
そう言って、ルゴルはスープを口にする。
「もうそろそろ、遠出の仕事は終える人も多いだろうね」
リアがそう言ってパンをちぎると、
ルゴルも「ああ。“遠征のついで”はなくなる」と頷いた。
「じゃあ、“集まるついで”に飲み代を稼ぎたい人達がいて、依頼人は運が良かったな」
軽い調子で笑うと、リアはパンを口に運んだ。
そんな他愛もない会話を交わすうちに、食事はテキパキと二人の胃に収まっていく。
先に食事を終えたルゴルは立ち上がり、短く言う。
「行ってくる」
リアはカップを持ち上げ、ニヤリと笑った。
「ナルボスとはいえ、一応言っておくよ。
油断せず、気をつけて」
ルゴルは「分かっている」と応じ、軽くカップを当てる。
茶を飲み干し、少しだけ考えてから続けた。
「良いものがあれば、干し果実を多めに頼む」
「了解」
短く返して、リアもカップを傾ける。
ルゴルはそのまま踵を返し、食堂を後にした。
リアはその背中に、ひらひらと手を振り、やがて姿が見えなくなると、残った茶を一息で飲み干した。
「……じゃ、私も行くとしますか」
小さく呟いて席を立つ。
朝の光は、いつの間にか強さを増し、食堂のテーブルを四角く照らしていた。




