東京チョーコーサッカー部・ソク・ソンミン part15
1982年 4月4日(日) 午後 日本サッカーリーグ開幕戦 等々力陸上競技場
ガヤガヤ。
富士丸サッカークラブによる、今年最初の開幕戦。
対戦相手は、埼玉教員サッカークラブ。
スタンドは、当時の日本のサッカー人気を象徴するように、閑散としていてボツボツと観客がいる程度であった。
富士丸の社員が、複数名応援に来ている姿もグラウンドから見えた。
「・・・・・・」
ソク・ソンミンと敵チームの他の選手たちが、メインスタンド下の狭い通路で、試合開始を身体を軽く動かしながら待っていた。
中には、相手チームの選手と軽く談笑する選手もいた。
試合前という事で両選手ピリピリしているかと思えば、意外とのどかな雰囲気で時間を消費していた。
時には、次の試合に出場する選手や、新聞記者が、両選手の横を通り抜けたりする姿も見られた。
プロ化した現在のJリーグの、試合前のピリピリした雰囲気とは違う、アマチュアサッカー時代特有の牧歌的な空気が、そこには流れていた。
「ブツッ・・・・・・ホーーー」
スタジアムの四方に設置されているスピーカーから、マイクがオンになった音と共に、ハウリングが聞こえてきた。
これが、アマチュアサッカーリーグである日本サッカーリーグ、試合前の合図である。
「ご来場の皆様に、お知らせいたします。これより、日本サッカーリーグ2部、第1節、富士丸対埼玉教員サッカークラブの、スターティングメンバーならびに審判員を発表いたします。はじめに、バックスタンド側、埼玉教員チームのメンバーです」
スタジアムのメインスタンド上部にある「放送室」内。
そこに常備されているパイプ椅子に座りながら、30代前半の女性がアナウンスを開始した。
パチパチパチ。
スタンドから疎らな拍手が聞こえてきた。
「ミッドフィルダー、背番号 6番、野崎 忠くん。背番号 8番、松本冨久司くん」
次々と、埼玉教員チームのスタメン選手の名前が淡々と読み上げられていく。
その度に、スタンドから先ほどと同様、疎らな拍手が聞こえてきた。
「続きまして、メインスタンド側、富士丸チームのメンバーです」
ウグイス嬢が、埼玉教員チームの選手紹介を終えて、富士丸サッカーチームのアナウンスを開始した。
それと合わせるように、拍手が聞こえてきた。
「ゴールキーパー、背番号 1番、浦上幸一くん」
パチパチパチ。
選手の名前が言われるたび、激励の様に、スタンドから拍手がチラホラ聞こえてきた。
「ミッドフィルダー、背番号 6番、城東輝くん」
ウグイス嬢が、埼玉教員チームに対してと同様、淡々と次々と選手名を読み上げていく。
そして、ついにソンミンの番になった。
「フォワード、背番号 10番、せき・ぜんみんくん」
ザワザワ。
スタンドがざわついた。
「せき?そんな名前の選手、富士丸にいたか?」
「いや、俺あんま追ってねぇからわかんねぇ」
スタンドにいたファンが隣の友人と、謎の選手「せき・ぜんみん」に関して会話を交わした。
スタンドには、一部は熱心なサッカーファンはいたが、8割近くは、会社の応援で動員された人や、選手の家族・知人関係者、招待されたり、少し興味があって来たファンで構成されていたので、突然、「せき・ぜんみん」という聞きなれない名前が聞こえてきた事で、スタンドのファン・観覧者ほぼ全員が困惑していた。
「同じく線審、中村嘉男さん。以上でございます」
スタンドのざわめきを余所に、淡々と続けられたウグイス嬢による選手紹介が終了した。
その選手紹介直後、スタジアム中に大会の行進曲(JSLマーチ)が流れ始めた。
「それでは審判団の皆さん、両チームの皆さん、入場お願いします!」
それを合図の様に、20代くらいのボランティアスタッフの男性が、通路で待機していた選手たちに指示を出した。
「おぉーし!」
富士丸サッカー選手の列の中から、気合を入れる声が聞こえてきた。
中には、顔や太ももを平手で叩いたりしている選手もいた。
ザッザッザ。
両チームの選手たちが、通路からスタジアム内のグラウンドへと2列で入場してきた。
その列の最後尾に、ソク・ソンミンもいた。
いや、ソク・ソンミン改め石・善民。
日本人として最初の試合。
彼にとって色んな意味での開幕戦が幕を開けた。




