東京チョーコーサッカー部・ソク・ソンミン part9
1980年、11月中旬。
夕方、富士丸サッカークラブの会議室で、ソク・ソンミンと日本サッカー協会代表強化委員会メンバーである長沼氏ら2人による、顔合わせを兼ねた話し合いが行われた。
その席には、八重樫監督も同席していた。
八重樫監督は、メキシコ五輪時に、長沼氏と共に代表で戦った過去があり、日本サッカー協会ともパイプが強く、協会内でも発言力がある人物でもあった。
それも相まって、ソンミンのサポートをするため、その席に同席する運びとなった。
今回の話し合いの主な内容は、ソク・ソンミンが日本代表に興味があるかどうかであった。
ソンミンと八重樫監督、長沼一郎と代表強化委員会メンバーの男の計4人が、テーブルを挟んで、椅子に座りながら向かい合っていた。
「ソンミン君。きみの今シーズンのプレー見せてもらったよ。高卒1年目とは思えない、積極果敢なプレーに驚いたよ」
「ありがとうございます」
長沼一郎は、ソンミンのプレーを手放しに褒めた。
それに恐縮するソンミン。
「日本サッカー協会としても、君のゴールへの貪欲な姿勢や、なにより点取り屋としての嗅覚を高く評価している」
長沼は、言葉の通り、ソンミンのFWとして能力の高さを協会内でも一番評価している男であった。
「それは、今の日本人サッカー選手たちだけではない、日本代表そのものに足りないものだと思っている。ソンミン君も知ってると思うが、ましてや、今、協会は色々ゴタゴタしてて、それが代表にも悪影響を及ぼしてしまっている。だから私は、それを立て直すために、今回君に会いに来たという訳だ!」
長沼の隣にいるメガネをかけた男も軽く頷く。
「そこでだ、ソンミン君!君は、日本代表には興味はあるか!?」
長沼は、テーブルに身を乗り出すかという勢いでソンミンに質問した。
「・・・・・・そうですね」
日本サッカー協会が、自分に接触する理由を事前に協会から軽く聞かされていたソンミンは、こうなる展開は当然予想していた。
日本代表。
サッカーで国を代表する。
子供のころから、ブラウン管やスポーツ雑誌越しに、サッカー代表選手の活躍を目にしていたソンミンにとっては、国を代表してサッカーをするという事の凄さを誰よりも知っていた。
だからこそ、ソンミンには夢があった。
祖国である、朝鮮民主主義人民共和国のサッカー代表選手になるという夢である。
「・・・・・・興味はあります」
「そうか!では、ハッキリ言おう。ソンミン君、日本代表になって、日本サッカーを助けてくれないか!?」
「・・・・・・」
長沼一郎は、そう言うなり頭を一度下げた。
隣のメガネをかけた男も頭を下げた。
一方、ソンミンは、どう答えるべきであろうか悩んでいた。
事前にこうなる展開を予想済みであり、祖国でサッカー代表になるという明確な夢・目標があるにも関わらず、即座に断りの返答ができず悩んでしまっていた。
何をソンミンは、悩んでいたのか?
それは、自分が、「在日」朝鮮人だからであった。
祖国に貢献するとともに、ソンミンにとって同じ在日コリアンにスポーツを通して貢献したいという別の夢・目標もあったのである。
だから、海外ではなく、日本という国でそれを成し遂げたいのである。
そんな秘めた思いを持って、実業団でサッカーをプレーしていたソンミンに、降って湧いたが如く訪れた今回の話は、ソク・ソンミンを動揺させるに十分な提案であった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ソンミンが考え込んでいる様子を見て、他の3人も黙って、ソンミンが発言するのを待っていた。
「・・・・・・在日の自分を、日本代表に推薦というご提案、本当にありがとうございます」
数分の沈黙の内、ソンミンが口を開いた。
「自分は、元々代表というものに非常に興味がありました。なので、今回のお話は、自分にとっても悪い話ではないと思っています」
ソンミン以外の3人が、固唾をのんで彼の話を聞いている。
「・・・・・・自分が力になれるのなら、日本代表。是非参加させてください」
ソク・ソンミンは、目の前の長沼達に向かって、力強く答えたのであった。




