第6話 封印の河童
第6話 封印の河童
「終わったな、約束通り、早く呪いを解いてくれ」
大木が落とす濃い影の下で、俺は古びた参道のベンチに深く腰掛けた。
隣に立つ巴美は上から覗き込むように、不思議そうな顔で俺を見つめてきた。
「何か誤解してない?」
「巴美を手伝ったら、呪いを解くって言ってただろ?」
「和樹の憑き物を山に返してあげたのよ? あれはわたしの依頼じゃないわ」
「じゃあ、呪いも契約もそのままか?」
「そうよ、今の『憑き物祓い』の恩も返してね」
「増えてるじゃねえか……」
俺はがっくりと頭を垂れ、膝の上に置いた両手を見つめて大きなため息を吐いた。
「ほら、そんな顔してるからヒダル神に憑かれるのよ」
「関係ないだろ」
「怪異は人の心の鏡なのよ、あせりや不安、不満、空腹や貧困に引き寄せられるの」
冷ややかに語る彼女の言葉が、なぜか胸の奥に刺さった。
理不尽な理由で会社を辞め、行くあてもなくバイクを走らせてきた俺の空虚さを、見透かされているような気がした。
「……そういえば、そろそろお昼ね」
時計に目をやると、いつの間にか正午近くを指していた。木漏れ日が真上から参道へ注ぎ込む。
俺は息を整えながら、気になっていたもうひとつの現実的な問題を彼女に尋ねた。
「ここから国道を上って『近露』まで行けば、食事のできる場所もいくつかあるはずだが……」
「じゃあ、近露まで行きましょう」
「もしかして巴美、今日も泊まりのつもりなのか?」
「そうよ? まさかわたしをここに、置き去りにするつもりだったの?」
「いや……宿なんて、どこも取っていないぞ」
「本当に無計画ね、渡り鳥だって、ちゃんと羽を休める場所を考えて飛んでいるわよ? あなたは鳥以下なの?」
巴美は心底呆れたように肩をすくめ、ため息を漏らした。
スマホの画面と格闘した末、俺は何とか近露にある安い民宿の部屋を一室だけ確保することができた。
滝尻から再びバイクに跨り、山あいを貫く国道311号を東へ向かってアクセルをひねる。
左右から迫る深い山々に挟まれ、国道に沿うように流れる富田川の透明な水面が、秋の澄んだ光を浴びて眩しく輝いていた。
近露の集落へ入る手前、日置川の橋の袂にあるドライブイン『古道歩きの里』にバイクを滑り込ませ、ここで遅めの昼食をとることにした。
木の温もりがある食堂のテーブル席で、運ばれてきた湯気の立つ丼を見つめながら、俺は向かい座る巴美に声をかけた。
「なんで、親子丼なんだ? 遠慮してるのか?」
「好きだからよ、嫁の好物ぐらい覚えておいてよ」
七味唐辛子を振りかけながら、彼女はさも当然のように言った。
「おい、嫁にした覚えはないぞ?」
「じゃあ、嫁でもない女の子を、同じ部屋に泊めるつもりだったの?」
巴美は意地悪く目を細める。
「なんとか飛び込みで取れた宿なんだよ、それに予算もあるからな」
「だったら、山姥の所に泊めてもらえばいいのよ。食べられちゃうかもしれないけど」
「巴美が言うと冗談に聞こえないからやめてくれ」
「本当のことよ、そこの橋の欄干にいる『ゴウラ』だってそうなんだから」
「ゴウラ……? あの、欄干でちょこんと正座させられている河童の像のことか?」
「このあたりでは、河童のことを『ゴウラ』って呼ぶのよ」
「へえ……そうなのか。『ゴウラ』って響き、普通の河童より強そうだな」
「会ってみたい?」
巴美は箸を止め、面白がるように俺の顔を覗き込んできた。
「まさか。アレだろ? 子供が溺れないように、大人が作った『夜遅くまで川で遊ぶな』っていう注意喚起だろ?」
「ふふ……でもね、ここ近露には本当に、封印されたゴウラの言い伝えが残っているのよ」
巴美はそれだけ言うと、何事もなかったように親子丼を一口食べた。
俺だけが、その『封印』という言葉に妙な引っかかりを覚えていた。




