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風は境界を越えて ―川の姫―  作者: 空白朔名


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第21話 川と海のあいだ

 第21話 川と海のあいだ



 遅めの朝を迎えた。

 巴美と会ってから、五回目の朝だった。

 

 身支度を整え、ソファーに座ってスマートフォンで周囲の地図を眺めていた俺を、巴美が横から覗き込んでくる。

 

「ねえ、和樹。『すさみ』に寄ってくれる?」


「なんだ、『すさみ町』か? 行きたいところでもあるのか?」


「ええ、ちょっと用事があってね」


「じゃあ、今日は串本でマグロでも食べて、すさみに宿を取ろうか……」


 これまで走ってきた中辺路沿いや山間の道とは一転し、ここからの国道42号は太平洋の青い海を望むルートだ。

 バイクを走らせてしまえば、白浜には今日のうちにでも着いてしまう距離だった。

 しかし昨晩の、旅の終わりを感じさせる巴美の言葉が胸に引っかかり、先を急ぎたくない気持ちが強かった。


 スマホで検索すると、すさみ町の数軒の民宿のうち、一軒ですぐに今夜の部屋が取れた。

 俺は胸を撫で下ろした。


「すさみでの用事って、時間がかかるのか?」


「そうね……二時間ぐらいよ。明日の朝から向かってもいいわよ」


「誰か……知り合いにでも会うのか?」


「滝に行くのよ」


「滝? ……昨日見た『那智の滝』みたいな大きいやつか?」


「いいえ、小さな滝よ。でも和樹は、足がすくんじゃって動けなくなるかも」


「なんだよ、それ……。じゃあ、今日はゆっくり『串本観光』だな」


 

 昼前にラブホテルを出て、玉之浦の穏やかな入江沿いの国道を走る。

 一度だけ短い山道を挟むものの、田原川の清流に沿って抜けると、すぐに視界いっぱいに輝く太平洋の海原が開けた。

 そこから三十分ほど快走すると、本州最南端の街『串本』へと到着した。


 

 俺たちは『紀州なぎさの駅 水門まつり』へと立ち寄り、二階のお食事処で昼食をとることにした。

 俺は串本名物の『まぐろ丼定食』を注文し、向かいに座る巴美はなぜか『鶏の唐揚げ定食』を選んでいた。


「……なあ巴美、なんで串本まで来て唐揚げなんだよ?」


「鶏肉が好きなのよ。あなたこそ、毎日のように魚ばかり食べてよく飽きないわね……」


「和歌山の港街まで来たんだぞ? 普通なら獲れたての新鮮な海鮮を食べたいと思うだろ」


「京都では食べられないの?」


「巴美。なんで、俺が京都から来てるってわかったんだ?」


 俺が驚いて尋ねると、巴美は呆れ返ったように小さく溜め息をついた。


「そんなの、バイクのナンバープレート見ればわかるじゃない……それに、宿帳にも毎回書いているでしょ?」


「そうか……そうだよな……」


 自分の間抜けさに脱力する俺を見て、巴美はおかしそうに目を細めた。


 

 食事を終えた俺たちは、バイクで十分ほど走った場所にある『潮岬 旭之森展望所』に登った。

 潮岬の先端、本州最南端の崖の上に立ち、視界をすべて埋め尽くす太平洋を眺める。

 どこまでも広がる美しい水平線に、俺は息を呑んだ。


「やっぱり……海ってすごいわね」


「和歌山生まれの、巴美が見てもそう思うのか?」


「わたしは、川ばっかり見ていたからね……」


「海水浴とか行かないのか?」


「そんなに、わたしの水着姿が見たいの?」


「ち……違うよ! 俺の地元からは海が遠いから気になっただけだ。それにもう海水浴シーズンは終わっているだろ?」


「白浜なら『室内温水プール』ぐらいあるんじゃない?」

 

「そ、そうなのか……」


「でも……あなたには、プールより冷たい川で『禊』が必要みたいね」


 巴美は冷ややかな目で、俺の心を読み取っているかのように笑みを浮かべた。


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