第13話 捨てられた子犬
第13話 捨てられた子犬
住宅地を抜け、国道168号へと出た。
視界が開けた瞬間、風景を圧するような巨大な鳥居が目に飛び込んできた。
「ここからでも見えるぐらい大きいんだな」
「行ってみる?」
「あれが本宮大社じゃないのか?」
道路沿いの小さな鳥居をくぐり、川に架かる橋を渡る。
静まり返った木立を抜けた先には広大な空間が開けていたが、本殿はおろか手水舎も社務所も見当たらなかった。
「巴美、ここ……何もないぞ?」
「『今は』ね。ここは『大斎原』と呼ばれる場所よ。明治の大水害で流されるまで、この場所に今の熊野本宮大社よりも八倍も大きな社殿があったのよ」
「じゃあ、あの大きな鳥居だけが残ったのか?」
「いいえ、あの大鳥居も後から建てられたものよ。本宮大社は国道を挟んだ向こう側の高台に移されたの」
「社殿がなくなっても、ここはこうして大切に残されているんだな……」
「熊野の神様が最初に降り立った、特別な場所だからよ」
圧倒的な存在感を放つ大鳥居の下を潜り抜けると、真っ直ぐな田圃の真ん中を貫く道に出た。
「裏側から入ってきたのか……」
「そういうことになるわね。この先が、今の熊野本宮大社の参道よ」
そう言って、巴美はふっと足を止めた。
「……行かないのか? 巴美」
「わたしはそこのお茶屋さんで待っているわ。和樹、せっかくだから一人で参ってきなさい」
「なんだよ……急に。忌中とかなのか? ここがこの旅の目的地だろ?」
「……わたしの目的地じゃないわ」
彼女は静かに首を振った。
その他人事のような言い方に、胸の奥が少し騒ぐ。
「そうか、じゃあ待っててくれよ。すぐ戻るから……」
「そんな捨てられた子犬みたいな顔しないでよ、離れたくないのはさっき木霊に聞いたわ」
「言ってないよ、そんな寂しそうな顔もしてないから!」
悪戯っぽく笑う巴美の表情には、どこか影があるような気がした。
俺は鳥居をくぐり、鬱蒼とした杉木に挟まれた158段の長い石段を上り始めた。
石段を上りながら、俺は彼女の言葉を何度も頭の中で繰り返していた。
——ここまで、一緒に来たのに……。
——ここが目的地じゃないって……一体どういう意味なんだ……?
急な石段を登り切ると、そこには観光地によくある鮮やかな朱塗りの社殿ではなかった。
落ち着いた白木と檜皮葺の屋根が美しい、神聖な社殿群が建ち並んでいた。
いつもなら、俺の疑問に答えてくれる巴美が隣にいないことに、寂しさを感じずにはいられなかった。
参拝を手早く済ませると、俺は急いで長い石段を駆け下りた。
国道に戻り、境内入口近くにある茶屋の暖簾超しに中を覗き込んだが、そこに巴美の姿はなかった。
胸のざわつきが増し、少し離れたカフェや数軒並ぶ土産物店を順番に慌ただしく見て回る。
……だが、どこにも彼女はいない。
気がつけば、俺は音無川に架かる橋の上に立ち、そこから大斎原の巨大な黒い鳥居を呆然と見つめていた。
「巴美……どこ行ったんだ。ここはまだ、目的地じゃないんだろ」
俺は橋の手すりに手をかけ、下を流れる澄んだ川面を覗き込んだ。
——このまま……この旅が終わってしまうのか。俺との契約も彼女の目的地も正体もわからないまま……。
「……巴美」
それは、声にならないほどの小さな呟きだった。
その時、俺の背後から聞き慣れた声が届いた。
「見つけたわ、和樹」
振り返ると、そこには微笑む巴美が立っていた。
「巴美……探して……くれていたのか?」
「見つけたのは、そこの『おとなし茶屋』よ」
「えっ? そこに居たのか? さっき覗いたけど、巴美はいなかったぞ?」
「違うわよ、『おとなし茶屋』のメニューに親子丼があったのよ。行くわよ!」
「心配させるなよ……」
拍子抜けして膝の力が抜けそうになる俺を見て、巴美は心から楽しそうに目を細めた。
「ごめんね、捨てられた子犬ちゃん」




