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廊下は走るためのもの

「うわぁ……広い……!」


兵士の人に連れられて大部屋を出た瞬間、私は思わず上を向いて感嘆の声を漏らしてしまった。

高い天井には、ガラス越しに柔らかい光が差し込んでいる。大理石の床はピカピカに磨かれていて、自分の顔が映りそうなくらいだ。


何より感動したのは、その廊下がどこまでもまっすぐ続いていること。

病室の廊下なんて、歩行器を押して何往復かすれば終わってしまう狭い世界だった。それがどうだ。ここでは、全速力で走ってもそう簡単には突き当たりそうにない。


「あの、勇者様。そんなにキョロキョロされると危ないですから、足元に気を付けて……」


案内役の若い兵士さんが困ったように微笑む。

歩くだけで楽しくて、私は無駄に大股で歩いてみたり、かかとを鳴らしてみたりしていた。だって、足が痛くならないのだ。いくら歩いても息が切れない。この感動は、普通の人にはきっと分からないだろう。


「あ、すみません。あまりにもお城が立派なもので!」


適当にごまかしながら進んでいくと、廊下の向こうから、ドタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。


「うわっ、ちょっと待って、これどうやって消すの!? 画面が閉じないんだけど!」


やってきたのは、青い魔法士風の上着を着た一人の青年だった。

彼は腕をぶんぶん振り回しながら、宙に浮かんだバグったような魔法画面と格闘している。手元には、いまにも崩れそうなほど大量の書類を抱えていて、見るからに余裕がなさそうだ。


そして、案の定――。


「あ、危なっ――」


私が声をかけるより早く、青年は自分の足をもつれさせ、派手にすっ転んだ。

ばささささっ! と廊下に派手に散らばる書類の山。浮かんでいた画面もパリンと音を立てて消えた。


「いっ、痛たた……。あーもう、この魔法インターフェース使いにくすぎだろ……」


床にへたり込んで頭を押さえている青年に、私はそっと近づいて、落ちた書類を一枚拾ってあげた。


「あの……大丈夫ですか?」


「あ、すまん、ありがと……って、え? 日本語?」


青年はガバッと顔を上げた。短髪で、どこか親しみやすそうな顔立ちをしているけれど、目の下にはかすかにクマがある。


「君、もしかしてさっき召喚された新しい勇者……? ああ、やっぱり。俺の名前は九条クジョウ。君よりちょっとだけ前に日本から呼ばれたんだ。一応、職業クラスは『サポーター』っていう、後ろから魔法とかで支援する役職なんだけどさ……」


九条さんはため息をつきながら、散らばった書類をいそいそと集め始めた。


「サポーター、ですか」


「そう。名前だけはカッコいいんだけど、実態は見ての通りだよ。こっちの魔法のシステムを覚えるだけで手いっぱいで、毎日この有様。頼りになる先輩っぽく登場したかったんだけど、初手から大失敗だわ」


九条さんは自嘲気味に笑った。

完璧なエリート魔法士たちに囲まれてビビっていたけれど、このちょっと抜けた同郷の先輩(?)を見た瞬間、私の緊張は完全にどこかへ吹き飛んでしまった。なんだ、この人も結構ポンコツじゃないか。


「私の名前は――」


「あ、挨拶はまず着替えてからにしよっか。そんな格好じゃ動きにくいだろ。王女様もお待ちかねだし、俺も早くこの書類を届けないと怒られるんだ」


九条さんは焦ったように立ち上がると、書類の束を抱え直した。


「じゃあ、また後で謁見の間でな! お互い頑張ろう!」


そう言って、九条さんはまた少し足元をよろつかせながら、廊下の奥へと走っていった。

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