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第3話:策士の計算

第3話:策士の計算


「曹操の陣に、致命的な綻びがある」


軍府の静寂の中、諸葛亮はそう切り出した。卓上の地図には、曹操の北岸陣営が点描されている。諸葛亮が指したのは、圧倒的な兵力を誇るがゆえの「油断」だった。


「曹操は今、勝利を疑っていない。十倍以上の兵力を持ち、かつ騎兵の精鋭を揃えている。彼は我々が正面からぶつかってくることを確信し、また、それを望んでいる。なぜなら、広大な平原での戦闘と同じように、兵数の差で圧倒できると考えているからだ」


周瑜は腕を組み、冷笑を浮かべた。


「その慢心こそが、こちらの付け入る隙か。曹操は水戦に不慣れだ。大軍を移動させる際、兵たちは慣れない船での生活に疲弊し、疫病も蔓延している。さらに、船同士を制御する術も未熟。……つまり、バラバラの個体として海に浮かぶ無数の的、ということだな」


挿絵(By みてみん)


「その通りです。だからこそ、我々はあえて『正面からの決戦』を望んでいるかのように振る舞い、敵の陣形を一点に集中させる必要がある」


諸葛亮の提案は、周瑜の頭の中にあった構想と重なり合った。それは、単なる水軍の衝突ではなく、炎と水が織りなす「仕掛け」だった。


「船を連ねれば、曹操軍の機動力は死ぬ。しかし、繋がれた船は火の餌食になる。周瑜殿、貴殿が用意すべきは『火』を届けるための、最高の演者(役者)だ」


周瑜は鋭い眼差しで諸葛亮を見た。


「演者か。……黄蓋こうがいのことだな。奴なら、その任に耐えうる。だが、ただの密書や投降では曹操を欺けない。奴は疑り深い。こちらの本気を信じ込ませるには、それ相応の『痛み』が必要だ」


「ええ。肉を切らせて骨を断つ。曹操に『呉の内部崩壊』という幻を見せなければ、奴は長江の中央へは出てこないでしょう」


二人の会話は、もはや日常的な相談の域を超えていた。それは、一人の将の命を、あるいは数万の兵の運命を、チェスの駒のように動かす冷徹なシミュレーションだった。


諸葛亮は、窓の外に広がる冬の空を見上げた。


「冬至の時期が近づいています。本来であれば北風が支配する季節。しかし、この地域特有の気流が乱れる瞬間がある……。その時、風は南から吹く」


「まさか、風さえ計算に入れているというのか」


周瑜の問いに、諸葛亮は答えない。ただ、扇で自分の口元を隠し、瞳だけで笑みを浮かべた。その知略の深淵を覗き込んだ周瑜は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。目の前の男は、曹操だけでなく、運命そのものまでもコントロールしようとしている。


「面白い。……では、血を流す準備を始めよう。曹操を焼き尽くすための、壮大な舞台装置を完成させるぞ」


軍府を出た周瑜の背中に、冷たい冬の風が吹き抜けた。だが、彼の心の中には、勝利の炎がすでに灯っていた。戦いの結末へ向けて、歯車が加速していく。

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