第47話 襲撃の夜
扉が壊れる音だった。気のせいではなかった。
カイルは執務室の窓辺で立ち上がった。音は宰相府の北棟の方角から来ていた。正門ではない。勝手口。今夜、下市街の小火騒ぎのために夜番の半分が派遣され、最も手薄になっていた扉だった。
オルデンも立ち上がっていた。右手は机の上の紙の束——ヴェラリオスの手稿——に自然に置かれていた。それが今日最後の癖だった。
「来た」
短い一言だった。驚きはなかった。予感が形になった時の声だった。
「小火は、囮だったのか」
カイルの声が漏れた。同時多発の小火騒ぎ。警備の分散。そして今、最も薄くなった勝手口からの侵入。一夜の出来事が、一人の設計者の手を示していた。
オルデンは答えなかった。頷きもしなかった。代わりに書庫の扉に向かった。手稿を書庫の一番奥に運ぼうとしていた。
廊下の奥で、警備兵の怒号が上がった。硬い金属音。鉄と鉄が打ち合う音。走る足音。複数。何人の侵入者がいるのか、数える時間はなかった。勝手口から入った集団と、北棟の内廊下で残っていた半分の夜番が衝突している音。正門の方角からも別の叫び声が聞こえる。——同時に二方向。宰相府の夜番が、初めて同時に二つの戦闘を抱える夜だった。
その交戦をくぐり抜けた一群が、執務室の扉に近づいた。複数。速い。
「——殿下!」
警備兵の一人が執務室の扉を押し開けて叫んだ。次の瞬間、その警備兵の背中が前に倒れ込んだ。背中に短剣が刺さっていた。警備兵の体の下から、覆面の男が入ってきた。
三人だった。
一人は倒れた警備兵を跨いだ。手に鉈。二人目は短剣。三人目は斧を抱えている。全員が覆面。全員が粗末な作業着。靴の片方が剥がれかけている者。布で目だけを出している者。宰相府の廊下を歩き慣れていない者の足取り。だが目的地は明確だった。
真っ直ぐにオルデンに向かった。
カイルは机の後ろから動けなかった。最初の一秒。次の一秒。三人目の男が斧を振り上げた時、ようやく体が反応した。声を出したかったが、声は出なかった。代わりに、左手の親指が薬指の付け根を探した。いつもの癖。癖は役に立たなかった。
短剣を持った男がオルデンに向かって突進した。
オルデンは机を盾にした。机を回り込んだ瞬間、男の刃がオルデンの右腕をかすめた。浅い。だが血が飛んだ。血は紙の束の上に、小さな点を描いた。三百年前の紙に、二年目の春の夜の血が落ちた。
オルデンは左手で机の上の紙の束を抱え、書庫の扉の方へ動こうとした。だが体が追いつかなかった。一年分の震えが溜まった手と、百七十代後半の膝が、若い男の速度に間に合わなかった。
男はもう一度刃を構えた。今度は胸を狙っていた。
カイルの体が、その時、初めて動いた。
壁に掛かっていた古い剣があった。
旧貴族時代の儀礼用の剣だった。先代の宰相が若い頃に用いたものを、退任の際にオルデンが譲り受けたと聞いたことがあった。装飾が刻まれた鞘。黒檀の柄。普段、誰もそれを武器として見ていなかった。壁の飾りだった。七年間、カイルもそう見ていた。
カイルは壁に飛びついた。剣を取り、鞘を払った。鞘が床に落ちる音が、部屋の中で妙に遠かった。
刃は想像より重かった。だがその重さは、カイルの身体のどこかが覚えている重さだった。
二十代の頃——人間換算で十歳にもならない少年だった頃——次兄レイグに連れられて王宮の剣術場に通った時期があった。末子にも最低限の剣術は身につけさせる、という王家の古い慣習だった。十年ほど続けて、やがて軍事より外交の道に進むと決まった時に、剣は手から離れた。それ以来、握っていない。四十年以上の空白があった。
だが身体は覚えていた。右足が自然に半歩引き、左手が柄頭を支え、右の肘が落ち、刃先が相手の中心線に向いた。型が、勝手に整っていた。頭より先に身体が動いていた。次兄の声が、遠い記憶の底から微かに聞こえた。「末弟、剣は力ではない。形を作れば、形が斬る」——少年の頃に聞いた言葉が、四十年越しに体の中で再生された。
男は振り向いた。覆面の上の目が、カイルを見た。
カイルの構え。布で隠された角の下で、形が整っている構え。男の目は、その構えを認識した。壁の飾りだと思っていた剣を取っただけの記録係だと思ったのだろう。だが目の前に立っているのは、型を持った竜人だった。
一瞬だった。男の目の中に、迷いが走った。構えを持つ相手に同じ速度で突っ込んでよいのか。——その一瞬の躊躇が、男の次の動きを遅らせた。
カイルは剣を突き出した。
刃が入った時の感触が、紙とは違った。
四十年以上、ペンで紙を押してきた。紙には繊維の抵抗があった。その繊維に慣れていた。だが今、刃の先にあったのは繊維ではなかった。弾力があり、熱があり、その下に硬い骨があり、骨を避けて刃が滑り、そのまま体の中へ入っていった。
突きは正確だった。四十年の空白の後でも、型は体を覚えている。肋骨の間を通り、臓腑に届き、刃先が相手の背中まで抜けそうになった直前で止まった。型が教えた通りの深さ。少年の頃に素振りで覚えた角度。何千回と空を斬った動作が、今日、初めて人の体に入った。
一度目の刺突で男が膝を折った。
カイルは止まれなかった。
止まれなかったのは、技術を知らなかったからではない。技術を知っていたからだった。型は「止まる」ことも教えていた。一度突いて相手が倒れたら、剣を引くのが正しい。その動作も身体は覚えていた。覚えていたが——知っているからこそ、引けなかった。引かずに押し続けることで、何かを確定させようとしていた。何を確定させたかったのか、その場では分からなかった。
二度目。三度目。型から外れた突きだった。少年の頃の師が見ていたら叱られる動き。それでも押し続けた。体の中に入った刃を、さらに奥まで送った。三度目で、男の体が完全に崩れた。
「カイル——」
オルデンの声だった。
その声で、ようやくカイルの手が止まった。
剣は男の体に刺さったままだった。カイルの指が剣の柄を握っていた。開けなかった。指が動かなかった。少年の頃の師が教えた「剣を引く」動作は、頭では分かっていた。身体も覚えていた。だが今、身体が指示を拒否していた。引けば、この男が本当に死んだことを自分の指で確認することになる。確認するのが怖いのではなかった。確認した後の自分が、元の自分に戻れないことが怖かった。
オルデンが左手で——負傷していない方の手で——カイルの指を一本ずつ開かせた。百七十代後半の宰相の左手の指先は、震えていなかった。一本。二本。三本。四本。五本。剣が床に落ちた。金属音が、部屋の中で長く響いた。
男の体の下で、血が広がっていた。覆面が動きの中で落ちていた。若い竜人の顔があった。八十代前半。角は細い。人間換算で言えば三十代前半の若さ。
目が開いていた。空だった。
他の二人は、そのまま逃げた。
鉈の男は斧の男の袖を引いて、廊下の奥へ走った。遠くから警備兵の新しい叫び声が聞こえた。「二人が裏手に——」足音が交錯し、鉄の音がまた響いた。それも少しずつ遠ざかっていった。
執務室の中は、静かだった。
カイルは男の横に立っていた。膝が震えていた。だが倒れなかった。七年間、絶望の極みで姿勢が整う癖がある体だった。体が勝手に背筋を伸ばしていた。整った姿勢のまま、震えていた。
オルデンが机の端に手をついた。右腕の傷口から血が滲んでいた。自分の傷に目をやらず、カイルの顔を見ていた。
「カイル」
カイルは答えられなかった。
「聞こえるか」
「……はい」
「座れ」
カイルは座った。床に。男の体から少し離れた場所に。剣から離れた場所に。自分の掌を見た。血がついていた。親指と人差し指の間に、少しだけ。残りの部分は剣の柄が血を吸っていて、掌には直接はついていなかった。だが親指と人差し指の間の血が、妙に重かった。
オルデンは机の引き出しから布を取り出し、自分の右腕の傷に巻いた。片手で。慣れた手つきだった。誰にも頼らずに来た男だった。自分の体の始末は、自分でつけることに慣れているのかもしれなかった。
「警備を呼ぶ」
カイルは頷いた。頷いただけで、立ち上がれなかった。
警備兵が到着するまでの間、時間は奇妙に伸びていた。
カイルは床に座り、男の顔を見ていた。若かった。覆面の布が肩の横に落ちていた。顔には特徴がなかった。どこにでもいる竜人の若者の顔。八十代は、竜人族の基準ではまだ若い。人生の三分の一も歩んでいない年齢。家族を持ち、責任を背負い始めたばかりの年齢。この男にもどこかに家があったはずだった。どこかで誰かが今夜、この男の帰りを待っていたかもしれなかった。
男の懐に何かが入っているのが見えた。胸元の布の下から、薄い紙の角が覗いていた。カイルは動かなかった。見なかった。今は見るべき時ではなかった。
オルデンはカイルの横に立っていた。動かなかった。
長い沈黙の中で、オルデンが低く言った。
「今夜のことは、公式の記録では『警備兵が制圧した』となる」
カイルは顔を上げた。
「お前が剣を取ったことも、お前が斬ったことも、記録には残さぬ。警備兵の功績として扱う。——それで構わぬか」
カイルは答えられなかった。
「構わぬ、でよい。今夜は答えるな。答えられぬならそれが答えだ」
カイルは頷いた。頷いたが、その頷きが何を承諾しているのか、自分でも分からなかった。
「殿下、宰相!」
警備の上官が駆け込んできた。負傷した警備兵の手当てを、他の兵が始めていた。部屋の中が急に動き始めた。
深夜から夜明けまでの時間が、カイルの記憶の中で飛び飛びになっていた。
覚えているのは断片だった。
宰相府の他の区画から報告が届いた——主門でも戦闘があった。侵入者は三方向から同時に突入していた。主門、勝手口、厨房への搬入口。総勢およそ十八名。主門の集団が最大で八名、勝手口からが七名、厨房口からが三名。正規の夜番三十名のうち、下市街の小火騒ぎに派遣された十五名を除いた十五名が、同時に三方向の戦闘に引き裂かれた。警備兵五名が死亡、負傷九名。侵入者側は七名が死亡、五名が捕縛、残り六名が下市街の闇に逃れた。——戦闘は半刻続いた。廊下の血が、どこまで続いているかを誰かが報告した。誰だったか思い出せなかった。
オルデンが医師に右腕を診せた。傷は浅かった。二針だけで済んだ。医師が「浅くて幸いでしたな」と言った。オルデンは頷いた。「老いた者は、浅い傷でも長く治らぬ」と答えた。医師は少し笑って否定した。だがカイルは、オルデンの右手がさっきから一度も止まっていないのを見ていた。震えは、縫合の針の動きに合わせて、より深くなっていた。
トーヴァが執務室の外で泣いていた。声は上げていなかった。だが肩が震えていた。カイルは一瞬だけその肩を見て、目を逸らした。トーヴァの息子ヨアンの話が、なぜかこの瞬間に蘇った。母親が息子の死を知った時の顔が、今のトーヴァの肩の線に似ていた。
誰かが「工場から伝令が来ております」と言った。
伝令はルッツの手書きだった。紙が皺になっていた。急いで書いたのが分かった。
「第一工場設計室にて、襲撃あり。設計図の大半は無事。だがラウルが重傷。右目から右の頬骨へ斜めに走る深い裂傷。現在、医務室。意識はあるが、熱が高い」
カイルは紙を三度読んだ。文字が同じ順序のまま、意味だけが変わっていった。
——右目。
ラウルの目。設計図を見る目。何もない廃屋で三年間、紙と向かい合い続けた目。「見ている世界が他の誰とも違う」とヴァレンが言った目。その片方が。
カイルは伝令を折りたたんで、机の上に置いた。折りたたむ手が震えていた。男の体に刃を刺し込んだ手と、同じ手だった。
「ヴァレンには」
「ルッツが使いを出しました。ラグリスへ。夜明けと同時に馬が出ます」
「承知した」
夜明けの前に、もう一つの足音が廊下の奥から聞こえてきた。女の足音。走っている。早い。
扉が開いた。
リーネだった。外套が乱れていた。髪が顔に張り付いていた。息が切れていた。口を開きかけて、声が出なかった。その代わりに、カイルの顔を見た。カイルはその視線を受け止めようとしたが、自分の顔がどんな表情をしているか分からなかった。
「カイル兄」
リーネがようやく声を出した。
「——生きてる」
それだけだった。それだけで、リーネの膝が少し崩れた。カイルは立ち上がって、妹の肩を支えた。リーネの髪から、下市街の夜の匂いがした。石畳の湿気と、誰かの家の夕食の残り香と、走った体の汗の匂いが混じっていた。
「何があった」
「何人か——走ってきたの。宰相府の方角に。路地で、一人がぶつかりかけて——」
リーネの声が一度途切れた。それから、もう一度繋げた。
「その人の顔、知ってた。先週、絵本を読みに行った家のお父さん。私も気づいた。その人も気づいた。——その人が、『走れ。上市街に上がれ』って言って、走っていった」
カイルは息を呑んだ。
「止められなかった」
リーネは続けた。
「止められなかった。私が止めようとしても、あの人は止まらなかった。あの人は私の顔を覚えてて、だから私を見逃した。——でも、その先で、誰かを殺しに行ったのかもしれない」
カイルはリーネの肩をもう一度しっかり掴んだ。
「お前が止められる類のものではない。お前が子供たちに絵本を届けてきたことが、お前を守った」
リーネは頷いた。頷きながら、小さく震えていた。
「カイル兄」
「何だ」
「宰相府の中で、誰か、斬られた?」
カイルは答えられなかった。
リーネは答えを待たなかった。答えを聞かないまま、兄の腕の中で、長い呼吸を一つ吐いた。春の夜明け前の呼吸だった。
夜明けが来た。
窓の外で、光の谷の青白い光が、少しずつ薄れた。高原の霧が上がってきた。カイルはその霧の動きを見ていた。七年前、レガリオン軍が初めてこの国に入ってきた日も、こんな霧だったと一年前に書いた気がした。記憶が薄かった。
警備の上官が死者と捕縛者の身元確認を持ってきた。死亡した襲撃者七名のうち、三名は身元不明。二名は旧貴族派の過激分派に属する若者。一名は下市街の失業工員。
そして、もう一名。カイルが斬った男。
「名は、ヤクブ。八十七歳。ヴェルデン下市街の出身。一年半前に志願兵として登録。タルシス東部戦線。二ヶ月前に帰還。現在、住所不定、家族なしと記録」
カイルは紙を受け取った。死亡者の懐から見つかったという身分票の写しが添えられていた。カイルは紙を机の上に置き、一度だけ目を通した。
ヤクブ。
名前を、カイルは知っていた。
九年前、域外民政局の机の上に、徴用名簿があった。大戦末期の補充名簿。カイルは王家の末席の印を預かっていた。書類の決裁者だった。名簿に書かれた名前を一つずつ読み、印を押していった。押しながら、時々目が止まる名前があった。でもそれは「止めた」に過ぎず、最終的には全てに印を押した。数百人分の名前。拒否したら別の誰かが印を押した。それを九年前、自分に言い聞かせた。
ヤクブ——八十七歳——ヴェルデン下市街——。
名前と町名と年齢が、あの徴用名簿の中の一行と一致した。九年前、カイルが印を押した一行。戦場に送った男。その男が、二ヶ月前に帰還した。帰ってきた国に居場所がなく、順位の外で冬を待つ列に並び、旧貴族派と不況被害者の集会に足を運び——今夜、宰相府の執務室に入ってきた。そしてカイルの儀礼剣の下で死んだ。
紙を押した手と、剣を刺した手が、同じ手だった。
九年前と今夜が、ヤクブという名前の上で重なった。
カイルは紙を持ったまま、動かなかった。
部屋の中に他の人がいた。トーヴァ、警備の上官、オルデン、医師。誰も紙のことを知らなかった。カイルの目の中の出来事は、カイルの中でしか起きていなかった。
オルデンがカイルの横に立った。
「カイル」
カイルは紙を机の引き出しに入れた。鍵のかかる引き出しに。そのまま引き出しを閉じた。
「宰相閣下」
「何だ」
「今日、記録石の試験をする予定でした」
声が平板だった。自分の声なのに、遠くから聞こえた。
「今日、試すのだな」とオルデンが言った。
「はい」
オルデンは右手を机の上に置いた。包帯の下から、震えが続いていた。震えは今朝、昨日より明らかに大きくなっていた。だがオルデンは震える右手で、カイルの肩に一度だけ触れた。左手ではなかった。意図して右手だった。震えを、カイルに見せた。
「ヴァレンが、試作石を持ってこの朝に着く予定だ。お前と私と、この震えの三つで、今日の試験を迎える」
カイルは頷いた。頷くことしかできなかった。
窓の外で、光の谷の青白い光が、朝の霧の下に完全に沈んだ。
カイルは机に戻った。記録石試験の段取り書が、書きかけのまま置いてあった。昨夜の深夜、試作品がまだ届いていないのに書き始めた紙だった。筆を取った。右手で取った。先ほど剣を握った手で、ペンを握った。
ペンを握った瞬間、掌が震えた。
これまでの震えとは違う種類の震えだった。紙の繊維の感触と、刃が肉に入る感触が、同じ手の中で混ざっていた。ペンを握ると、剣の重さが蘇る。剣の重さの中に、ヤクブの名前が沈んでいる。ヤクブの名前の下に、九年前の徴用名簿の一行がある。
カイルは筆を置いた。書けなかった。公式の記録には「警備兵が制圧した」とだけ書く約束になっていた。だがその公式の記録の下に、本当は書くべきことがあった。本当に書くべきことを書く場所が、今の二冊の記録帳のどちらにもなかった。
机の端にあった新しい帳面を手に取った。まだ表紙に何も書かれていない、真っ白な帳面だった。本来は何か別の用途に使う予定のものだった。カイルは最初の頁を開いた。
日付だけを書いた。
春の夜明け、二年目。それだけ。本文は書かなかった。書けなかった。書く言葉が、まだ自分の中に育っていなかった。
帳面を閉じた。机の右側の、鍵のかかる引き出しに入れた。ヤクブの身分票の写しと同じ引き出しだった。
鍵をかけた。
夜明けの光が、執務室の床に斜めに差し込んだ。
カイルは窓の外を見た。ヴェルデンの街並みが霧の中からゆっくりと現れていた。下市街の屋根。上市街の石畳。遠くの光の谷の輪郭。九年前と、一年前と、昨日までと、同じ街並みだった。
だが、同じではなかった。
カイルの右手が、ペンを握ることも、剣を握ることもせず、机の上に置かれていた。震えていた。ペン用の震えでも、剣用の震えでもない、名前のない震えが、掌の中にあった。オルデンの震えと、形が似ていた。




