07.小テスト
目が覚める。
瞼を開けた瞬間、身体の奥に重たい疲労が残っているのを感じた。
しっかり寝たはずなのに、まるで何日も動き続けた後みたいに、腕も脚もだるい。
ベッドの上で仰向けのまま、小さく息を吐く。
昨日のことを思い出す。
薬草採取、戦闘、ゴブリン、そして、ルナ。
たった数時間のはずなのに、体感はまるで数日分の濃さだった。
夢のはずなのに現実味が妙に残っている。
スマホを手に取る。
時刻は9時。1限が始まる時間だ。
「あぁ……終わった」
思わず顔を覆う。
俺が通っている大学は90分授業。
今から行っても、もうほとんど終わりかけだ。
「……サボるか」
ベッドに沈み込む。
一回くらいならなんとかなる。
単位だって、ギリギリ調整すれば――
そう考えた瞬間。
スマホの通知欄に、異様な数の着信履歴が並んでいることに気づく。
全部、由奈。
「……は?」
嫌な予感がして、メッセージを開く。
---今日の小テスト受けないと留年するよ!
---ほんとに留年しても知らないからね!
「……え?」
一瞬、思考が止まる。
留年? 小テスト?
――あ。
「あ、終わった……」
完全に思い出した。
今日、小テストのある日だ。
留年リーチの俺がこれを逃すのはかなりまずい。
さっきまでの余裕は一瞬で吹き飛ぶ。
「いや無理無理無理!」
ベッドから飛び起き、慌てて準備を始める。
寝癖もそのまま、服も適当。
とにかく家を飛び出した。
⸻
教室に入ったのは、10時を過ぎた頃だった。
ドアを開けた瞬間、静かな空気が流れ込んでくる。
残っているのは教授と、数人の生徒だけ。
皆、問題用紙とにらめっこしている。
優秀な生徒は解き終わって帰った後みたいだ。
「……すみません、遅れました」
息を切らしながら頭を下げる。
教授は一瞬こちらを見て、ため息をついたあと、小さく頷いた。
「……早く座りなさい」
その一言で、なんとか滑り込めたらしい。
席に着き、問題用紙を受け取る。
「……あ」
見た瞬間、少しだけ安心する。
見覚えがある問題ばかりだった。
昨日、由奈に教えてもらった問題ほとんどそのままだ。
「……助かった」
小さく呟き、ペンを走らせる。
焦りながらも、なんとか時間内に解き終えることができた。
⸻
教室を出ると、廊下の先に見慣れた姿があった。
「……なんだ、待ってたのか」
壁にもたれかかっていた由奈が、こちらに気づいて顔を上げる。
「当たり前でしょ」
少し呆れたように、でもどこか安心したように笑う。
「昨日あれだけ教えたのに、なんで遅刻してるのよ」
「それは……ほんとに申し訳ない」
頭をかきながら答える。
「どうせ夜更かしして動画でも見てたんでしょ?」
「……まぁ、そんなとこ」
本当は違う。
夢の中で命懸けの戦いをしていた、なんて言えるわけもない。
「で?ちゃんとできたの?」
少し身を乗り出して聞いてくる。
「あぁ、なんとか」
息を吐く。
「由奈のおかげだな、マジで」
「でしょ〜?」
にやっと笑う。
この顔は、何かを期待している時の顔だ。
「……ありがとな」
とりあえず素直に感謝を言葉にする。
「それだけ?」
どうやら言葉だけでは不満だったみたいだ。
「今、甘いもの食べたい気分なんだけど」
「……やっぱり」
苦笑する。
「駅前のカフェでいいか?」
「うん、許してあげる」
うれしそうに頷いた。
どうやら満足してもらえたらしい。
⸻
カフェに入り、いつものように由奈が席を取り、俺が注文をする。
「じゃあ、わたしは期間限定ドリンクとイチゴのショートケーキお願いね!」
「またそれか」
由奈の注文に思わず言う。
昨日と同じ期間限定ドリンクに、イチゴのショートケーキ。
「だって美味しかったんだもん」
嬉しそうに笑う。
その横で、俺は財布の中身が頭をよぎる。
コーヒーだけ注文しようと決めた。
(……こっちの世界でも軽いな)
思わず遠い目になる。
⸻
席に戻り、コーヒーを一口飲む。
温かさが、夢の世界を引きずっていた頭を少しだけ現実に引き戻してくれる。
「なんか今日ぼーっとしてない?」
由奈が首をかしげる。
「そうか?」
「なんか変。ちゃんと寝た?」
「……まぁな」
曖昧に返す。
睡眠時間は十分のはずなのに、寝ていないような感覚。
夢と現実の境界が、少しだけ曖昧になっている気がした。
「ふーん」
由奈はそれ以上は追及せず、ケーキを口に運ぶ。
その様子をぼんやりと眺める。
(……やっぱり似てるよな)
昨日見たユナと。
笑い方も、仕草も。
似ているというより――
「……いや、さすがに考えすぎか」
小さく呟く。
⸻
店を出たあと、駅で別れることになった。
俺はバイク、由奈は電車。
電車で一駅の由奈が羨ましい。
ギリギリまで寝てても間に合うし。
改札前で立ち止まる。
「じゃあねー……あ、そうだ」
由奈が何かを思い出したようにカバンを探る。
取り出したのは、映画のチケットだった。
「これ、バイト先でもらったんだけど」
差し出してくる。
「このアニメ、湊好きだったよね?」
「あ、それ……」
子供の頃に見ていた探偵アニメ。
今でも映画だけは毎年欠かさず見ている。
「一緒に行かない?」
「……いいのか?」
思わず声が弾む。
正直、今月は金が厳しくて諦めかけていた。
「いいよ。その代わり」
にやっと笑う。
「明日、12時ね」
「いや、俺の予定は?」
「湊、金曜は授業もバイトもないでしょ」
「……ぐっ」
言い返せない。
「俺だってデートの予定くらい――」
「はいはい、そこで就活が出てこないのが湊らしいよね〜」
軽く流される。
「じゃ、電車来るから行くね」
改札へと向かいながら、手を振る。
「席予約しとくから、明日遅刻しないでよ?」
「……善処する」
「それフラグだからね!」
そう言い残して、由奈は人混みの中へ消えていった。




