06.Sランク(3夜目③)
ルナとの従魔登録を終えた俺たちは、その足でギルドへと戻ってきた。
昼間の喧騒が少し落ち着き始めた時間帯。
それでも建物の中は相変わらず人の出入りが多く、鎧の軋む音や笑い声、酒の匂いが混ざり合っている。
「……なんか、やっと帰ってきたって感じするな」
「だね〜」
ユナはいつも通り軽い調子で答える。
その腕の中では、ルナが気持ちよさそうに揺れていた。
……そういえば。
「なあルナ」
「なに、ご主人?」
もう普通に返事してくるの、未だに慣れないな。
「お前、普段何食ってんだ?」
「なんでも食べるよ。他の魔物が食べ散らかした残り滓とか、落ちてるものとか」
「お、おう……」
想像以上にサバイバルだった。
「でも一番好きなのは薬草かな」
ということで、
俺たちは採取してきた薬草のうち、依頼達成に必要な分だけを提出し、残りはルナ用に残すことにした。
「よかったよお前が安上がりで」
「えへへ、ご主人に優しい従魔でしょ?」
「そこ自覚あんのかよ……」
軽く呆れながらも、少しだけ笑ってしまった。
魔物の肉とか言われたらどうしようかと思った。
いろいろな意味で。
⸻
依頼達成の報告と同時に、ゴブリンの素材も換金する。
受付カウンターの向こうで、受付嬢が目を丸くした。
「すごいですね!探索者3日目にしてゴブリンを討伐されたんですか!?」
「えへへ、たまたまだよ!」
ユナはいつもの調子で答える。
だが、あの戦闘は決して“たまたま”で片付けていいものではなかったように思う。
「それでも立派ですよ。これならEランク昇格もすぐかもしれませんね」
「ほんとですか!?」
目を輝かせるユナ。
その様子を横目に、俺はこの世界の冒険者について思い出す。
この世界の冒険者は、ギルドによって管理されている。
ランクはFから始まり、E、D、C、B、A、そしてSへと上がっていく。
だが、その実態はかなりシビアだ。
この街で最も上のランクでもBランク。
Aランクともなれば国に一人いるかどうか。
Sランクに至っては、歴史上でも数人しか存在していないおらず、現在はいない。
受付嬢の説明を聞きながら、頭の中で整理する。
Fランクは採取などの非戦闘系。
Eランクでようやくゴブリンやウルフを単独討伐できるレベル。
その上はもう、俺にとっては考えられない領域だ。
「……ってことは」
小さく呟く。
「俺はFランクだけど、実力的にはE寄り……か」
「Dぐらいならすぐにいけそうだね〜」
「いや、そんな甘くねぇだろ」
ユナは――
ゴブリンに負けた。
つまり、現状は完全にFランク相当。
「ランクは実力だけじゃなくて、貢献値も関係しますからね」
受付嬢が補足する。
依頼達成、素材換金などでポイントが貯まり、一定以上で昇格試験が受けられるらしい。
「なるほどな……」
地道にやるしかないってことだ。
俺としては――
「まあ、無理せず生きていければいいけどな」
小さく呟く。
危険なことをして怪我をするくらいなら、薬草採取でいい。
そう思っていた。
⸻
換金を終えた俺たちは、そのままギルドで食事を取ることにした。
今日は、肉だ。
「久しぶりのお肉楽しみだね〜ミナト!」
「食べ過ぎて腹壊すなよ」
「も〜子供扱いしないでよ!」
テーブルに運ばれてきた肉料理から、香ばしい匂いが立ち上る。
この世界に来て、初めてのまともな“肉”。
思わず喉が鳴る。
「……いただきます」
口に入れた瞬間、広がる旨味。
「うまっ……」
思わず本音が漏れる。
「でしょ!?めっちゃおいしいよね!」
ほんとにうまいな、現実の世界で食べたことがある高めの肉なんかと比較してもこっちの方が美味しく感じるぐらいだ。
ユナも満面の笑みで頬張っている。
ルナはテーブルの上で薬草をもぐもぐしていた。
……なんか平和だな。
そう思った。
だが――
食事が終わりに近づいた頃。
ユナの様子が、少し変わった。
さっきまでの明るさが、ほんの少しだけ影を落とす。
「ねぇミナト」
ぽつり、と。
「今日……わたし、ミナトとルナがいなかったら死んでたよね」
その言葉に、空気が止まる。
俺は一瞬、言葉に詰まる。
「……ああ」
正直に答える。
「ルナがいなければ、間違いなく死んでたと思う」
「そうだよね……」
ユナは俯く。
「でもさ、ミナトは一人で倒せたんだよね」
「……まあな」
「わたしって、弱いね」
その言葉は、軽くなかった。
さっきまで笑っていた声とは、明らかに違う。
「別に弱くてもいいだろ」
俺はできるだけ軽く言う。
「薬草採取でも食っていけるし、ルナと一緒ならゴブリンにも勝てるだろうし」
「……うん」
小さな返事。
だが、納得していないのは明らかだった。
少しの沈黙。
そして、ユナは顔を上げる。
その目は――真っ直ぐだった。
「でもね、今日思ったの」
「……何を?」
「もっと冒険したい」
その言葉に、胸がざわつく。
「わたし……Sランクの冒険者になりたい」
一瞬、思考が止まる。
Sランク。
それがどれだけ遠い存在か、さっき聞いたばかりだ。
「……本気か?」
「うん」
迷いはなかった。
「ミナトが安全に生きたいって思ってるのも分かるよ」
「……」
「だから、たぶん……わたしたち、一緒にはいられないと思う」
その言葉。
予想していた。
でも、実際に聞くと――
「でもね」
ユナは少しだけ笑う。
「それでも、諦められないの」
その顔は――
昔、どこかで見た気がした。
曖昧な記憶の中。
英雄に憧れて、無茶なことばかり言っていたころ。
俺を巻き込んで、笑っていたユナ
……ああ。
変わってないんだな。
ユナは。
自分の記憶ではないはずなのになぜだかとても懐かしい感じがした。
「だからね、ミナト――」
言葉に詰まるユナ。
パーティ解散。
きっとそれを言おうとしているのだろう。
魔物に怯えている俺に気づいて、
俺を巻き込まないために
だが、その先にあるのは――
ほぼ確実な“死”だ。
ユナじゃ、一人では生き残れない。
誰かと組んでも――
騙されるか、利用されるか。
そんな未来しか見えない。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
会ってから3日しか経っていないが、曖昧な記憶の中にいるこの幼馴染を、
現実世界の誰かに似ているこの子を、
見捨てることはできない。
仕方ない。
ほんとに。
「俺も目指すよ」
顔を上げて。
俯いたまま言葉の続きを探しいるユナの顔を見て。
「Sランク」
「……え?」
ユナが目を見開く。
「どうせならさ」
少しだけ笑う。
「歴史に残ろうぜ」
「歴史……?」
「Sランクが同時に二人いた時代ってないらしいぜ?」
「う、うん」
「じゃあ、俺たちがなれば“初”だ」
その言葉に、ユナの目が大きく揺れる。
「歴史上一番ってやつ」
「……っ」
一瞬の沈黙。
そして――
「ミナト……ありがと!」
勢いよく身を乗り出すユナ。
「でもいいの!?怖いんじゃ――」
「ゴブリンに負けたやつが何言ってんだよ」
軽く笑う。
「一昨日のは油断だ」
強がりだ。
でも、それでいい。
「……うん!」
ユナは大きく頷く。
その目には、さっきまでなかった光が戻っていた。
「でも、このまま二人だけは危険だ」
俺は続ける。
「仲間を増やそう」
「仲間……」
「ちゃんとしたやつをな」
「うん!あ、一緒にSランク目指してくれる人がいい!」
「注文多いな……そんな無茶なやつ俺たちの他にいるのか?」
ルナがぴょん、と跳ねる。
「僕もいるよ、ご主人!」
「……ああ、そうだな、頼りにしてる」
こうして。
俺たちの目標は決まった。
生きるためじゃない。
頂点に立つための――冒険が。
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