05.従魔登録(3夜目②)
気を失ったユナを背負い、俺はゆっくりと森の入口まで戻ってきた。
夕方に差し掛かっているのか、木々の隙間から差し込む光はどこか赤みを帯びている。
背中の重みと、戦闘後の疲労で足取りは重い。
それでも――止まるわけにはいかなかった。
足元には、あのスライムがぴったりとついてきている。
ぴちゃ、ぴちゃ、と小さな音を立てながら、一定の距離を保って歩いてくるその姿は、どこか健気だった。
「お前、街まで来たら討伐されるぞ」
俺は少しだけ振り返って声をかける。
「薬草ならまた持ってくるから、森に戻れって」
「ピキャー」
軽い返事。
まるで「それでも行く」とでも言っているようだった。
「……いや、分かってねぇだろ絶対」
小さくため息をつく。
だが、スライムは足を止めない。
……それよりも。
背中のユナだ。
さっきから、妙に“起きてる感”がある。
さっきまではぐったりしていたはずなのに、今は微妙に体重のかかり方が変わっている。
そして何より――
肩に当たる息のリズムが違う。
「……おいユナ」
少しだけ声を低くする。
「起きてるだろ?」
返事はない。
静寂。
――だが。
背中で、ぴくり、と小さく動いた。
ほんのわずかな反応。
「……はい、確定」
思わず小さく呟く。
「降ろすぞ。起きてるなら自分で立て」
わざと少し雑に言うと、
「わ、わ、ちょっと待って! 足怪我してるから――」
焦った声が返ってきた。
やっぱりな。
俺はそのままユナを地面に降ろす。
ユナは少しよろけながらも、両足でしっかり立った。
「……あれ?」
自分の足を見下ろす。
「痛くない……」
信じられない、といった表情で足を触る。
何度も確かめるように、軽く踏み込んだりしている。
「やっぱりな」
腕を組みながら言うと、
「あはは……ごめん、バレてた?」
苦笑いしながら頭をかくユナ。
「バレバレだ」
「だってさ……なんか起きるタイミング逃しちゃって」
「意味わかんねぇよ」
少しだけ呆れながらも、どこか安心している自分がいた。
「それより、他に痛いとこは?」
「うーん……ないかも」
軽く腕を回し、体を動かすユナ。
そして、はっとしたように顔を上げた。
「――てかさ! 足、治ってるんだけど!? 夢だったのあれ!」
その反応に、思わず苦笑する。
「夢じゃない。こいつが治した」
そう言って、足元のスライムを指差す。
「え、この子……薬草のときの?」
スライムは、得意げに(見える気がする)体を揺らした。
俺は、ユナが気を失ってからのことを話した。
ゴブリンとの戦い。
スライムが助けてくれたこと。
そして、なぜかついてきていること。
話している間も、スライムはずっと俺たちの近くにいた。
まるで、自分の話をされているのが分かっているかのように。
「それならさ、従魔にしちゃえばいいんじゃない?」
ユナがぱっと顔を明るくする。
「従魔……?」
その言葉で、ぼんやりとした記憶が浮かび上がる。
――そうだ、この世界にはそんな仕組みがあった。
危険性が低く、主に従う意思を持つ魔物は、従魔として登録できる。
ただし――
「そんなに懐く魔物、ほとんどいないはずなんだけどな……」
思わず本音が漏れる。
それに、この“前の記憶”もどこか曖昧だ。
思い出せるようで、思い出せない。
「でもこの子は違うでしょ!」
ユナがスライムの前にしゃがみ込む。
「わたしの命の恩人だよ? 森に置いてくなんてありえない!」
スライムは嬉しそうに跳ねた。
……たぶん。
「まあ問題は、こいつの意思だな」
俺もしゃがみ込み、目線を合わせる。
透明な体の奥で、わずかに光が揺れている。
「街に行くってことはな、危険もある」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「もし人に危害を加えたら、お前は処分される」
「……ピキャ」
「森にいた方が安全かもしれない。それでも――来るか?」
少しの沈黙。
風が木々を揺らす音だけが響く。
その次の瞬間。
「ピギャー!」
勢いよく、スライムが俺の胸に飛びついてきた。
「……そうか」
自然と口元が緩む。
「来るか」
「決まりだね!」
ユナがぱっと立ち上がる。
「じゃあ名前つけよ!」
「えぇ……俺ネーミングセンスないんだけど」
「ダメ! こいつとかお前は、なし!」
「いやでも――」
「ミナトがつけるの! 懐かれてるのそっちなんだから!」
「……マジかよ」
逃げ場はなさそうだった。
⸻
街に戻り、門番に従魔登録を申し出る。
夕暮れの門前は、行き交う人で少し賑わっていた。
だが、俺の腕の中で大人しくしているスライムのおかげか、特に騒ぎにはならなかった。
「……スライムか。大人しいな」
門番は一瞥して、淡々と手続きを進める。
「名前は決まっているか?」
「まだなら“スライム”で登録するが」
……それでいい。
そう思った瞬間。
横から突き刺さる視線。
ユナだ。
さらに腕の中からも、じっと見上げる気配。
「……分かったよ」
小さくため息をつく。
俺はスライム――いや、こいつを持ち上げ、目線を合わせた。
ほんの少しだけ考える。
なぜか、この瞬間は適当に決めちゃいけない気がした。
そして――
「お前の名前、“ルナ”にする。いいか?」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「ピギャー!!」
今までで一番大きく、嬉しそうな声だった。
体全体を震わせるように跳ねる。
「……よし、決まりだな」
どこか胸の奥が温かくなる。
「――ルナ、で登録する」
門番にそう伝えると、淡々と書類が処理されていく。
こうして、正式に――俺の従魔になった。
ルナを抱き直した、その時。
「よろしくね、ご主人!」
「……は?」
思わず足を止める。
「ユナ、今なんか言ったか?」
「え? 何も言ってないよ?」
「僕だよ、ルナだよ」
腕の中を見る。
つぶらな目のスライム――ルナが、確かにこちらを見ていた。
「お前……喋れんのか?」
「ご主人が名前をくれたからね。魂が繋がったんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、頭の奥に引っかかっていた記憶が蘇る。
――名を与えられた従魔は、主と心を通わせる。
そんな話を、どこかで聞いた気がする。
「……いや、マジであるのかよ、それ」
思わず笑ってしまう。
非現実のはずのこの世界で。
またひとつ、確かな繋がりが増えた。
腕の中の小さな命。
「……よろしくな、ルナ」
そう呟くと、
「うん、ご主人!」
明るい声が返ってきた。




