04. VSゴブリン(3夜目①)
目を瞑って、しばらくすると——
あの感覚が来る。
底の見えない穴に、引きずり込まれるような感覚。
身体の輪郭が曖昧になって、意識が沈んでいく。
「……これで三日連続か」
もはや驚きはない。
抗うこともできないまま、俺はそのまま“落ちた”。
⸻
気がつけば——
南の森に立っていた。
「……今日はここスタートか」
軽く周囲を見渡す。
朝……ではない。
この世界では、いつも昼頃から始まる。
空の高さと光の強さが、それを教えてくる。
肩にかけている鞄に手をやる。
中にはぎっしりと薬草が詰まっていた。
「……結構あるな」
どうやら俺がいない間も、この世界の“俺”は動いているらしい。
その記憶も、ちゃんと頭に入っている。
朝早くから採取をしていたことも。
少しでも多く稼ごうとしていたことも。
(……なんか、真面目だな俺)
少しだけ苦笑する。
「ねぇミナト!」
前から元気な声が飛んできた。
「もう少し奥の方行ってみようよ!薬草いっぱい生えてるかも!」
ユナが、いつもの調子で手を振っている。
「やめとけ」
俺は即答した。
「森の奥には魔物がいるかもしれないぞ」
一昨日のことが頭をよぎる。
あの痛みは、まだ忘れてない。
「何のために昨日武器買ったの?」
ユナは振り返って、にやっと笑う。
「使わなきゃ、武器もお財布も寂しくなっちゃうよ?」
「……それとこれとは別だろ」
言いながらも——
ユナはもう奥へと進み始めている。
「おい、待てって……」
ため息をつきながら、俺も後を追う。
右腕の包帯が、わずかに痛んだ。
(……ほんと、無茶してくれるなよ)
⸻
森の奥は、空気が少し重かった。
その代わり——
「やっぱり!いっぱいあるね薬草!」
ユナがしゃがみ込んで、次々と採っていく。
「これなら今日の晩ご飯、お肉いけるかも!」
「……ユナは呑気でいいな」
「いいでしょー?」
楽しそうに笑う。
その顔を見てると、強くは言えなくなる。
その時だった。
「ピキャ」
「……ん?」
妙な声が聞こえた。
「何変な声出してんだユナ?」
「え?わたしじゃないよ?」
嫌な予感がした。
ゆっくりと、ぎこちなく顔を上げる。
視線の先——
「……なあ、ユナ」
「うん?」
「スライム」
「え?」
ほぼ同時に、俺たちは後ろへ飛び退いた。
ぷるぷると揺れる、小さな魔物。
スライム。
最弱の魔物——のはずだが。
「油断すんなよ」
俺は剣に手をかける。
「頭に張り付かれたら終わりだ」
実際、採取中の事故で一番多いのはスライム被害だ。
「ユナ、俺が切り掛かる。もし来たら——」
「ミナト」
遮られた。
「このスライム、薬草食べてるだけだよ?」
「……は?」
気づけばユナは、スライムのすぐ近くまで寄っていた。
というか——
もう触ってる。
「おい危ないって!」
「ほら、全然襲ってこないよ?」
ツンツン、と指で突いている。
「……お前なあ」
「ピキャ、ピキャ」
スライムは気にする様子もなく、薬草をもぐもぐ食べている。
「ほら見て、私に触られても全然平気」
「いや、それは——」
確かに。
敵意は感じない。
むしろ——
「なんか……気持ちよさそうじゃない?」
ユナがそう言う。
よく見ると、確かにそんな気もする。
「ほら、こっちにもあるよ」
ユナは自分の採った薬草を差し出した。
スライムはそれを、器用に飲み込んでいく。
「……なんだこれ」
思わず笑いそうになる。
「かわいいなー」
「えぇ……」
完全にペット扱いだ。
しばらくすると、スライムは満足したのか——
「ピキャ」
森の奥へと帰っていった。
「……なんだったんだ」
「いい子だったねー」
「いい子ってお前……」
まあ、怪我がなかっただけいいか。
⸻
気づけば、鞄は薬草でいっぱいになっていた。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだな」
来た道を戻る。
まだ森の中ほど。
その時——
「……ゴソッ」
草むらから音がした。
「あ、他の冒険者かな?」
ユナが近づいていく。
「奥にいっぱいあったって教えてあげよっと」
「おい、待てって」
声をかける間もなく——
ユナが立ち止まった。
「……どうした?」
近づいて、視線の先を見る。
「……ゴブリンだ」
そこにいたのは——
緑色の肌、小柄な体。
手には棍棒。
二体。
「……逃げるぞ」
小さく言う。
ユナも、今度は静かに頷いた。
ゆっくり、後退する。
森の出口はこっちだ。
(いける——)
「パキッ」
「あっ」
乾いた音。
ユナの足元。
折れた枝。
ゴブリンが、こちらを見る。
「走るぞ!」
「う、うん!」
全力で駆け出す。
だが——
地面は悪い。
根が張り、足を取られる。
すぐに距離を詰められる。
「はぁ……っ、はぁ……」
息が上がる。
「……やるしかないな」
立ち止まる。
ユナも、覚悟を決めた顔で頷く。
剣を構える。
「一人一体だ」
「……うん」
(人型……なら)
剣道の記憶を呼び起こす。
構え。
間合い。
タイミング。
ゴブリンが突っ込んでくる。
——先に動く。
剣を振り抜く。
手応え。
鈍い感触。
次の瞬間——
血が、飛んだ。
「っ……」
一瞬、思考が止まりかける。
匂い。
温度。
現実すぎる。
けど——
止まれない。
ゴブリンは崩れ落ちた。
「こっちは——!」
振り向く。
その瞬間、目に入ったのは——
振り下ろされる棍棒。
倒れているユナ。
剣は遠くに弾かれている。
「ユナ!!」
間に合わない。
そう思った、その時——
「ピキャーー!!」
上から何かが飛びついた。
「……は?」
ゴブリンの頭に、スライムが張り付いている。
「お前……さっきの!」
「ピキャー!」
必死にしがみつくスライム。
ゴブリンはそれを剥がそうと、頭を叩き続ける。
「今だ……!」
俺は一気に距離を詰める。
剣を振る。
ゴブリンの腕を切り落とす。
棍棒が落ちる。
そのまま——
崩れた。
「……終わったか」
荒い息を吐く。
スライムは、ぐったりしていた。
「……助けてくれたのか」
しゃがみ込む。
「ありがとな」
鞄から薬草を取り出す。
「これ、食うか?」
「ピキャ……」
弱々しく鳴きながら、薬草を食べる。
その様子に、少しだけ笑みがこぼれた。
こっちの世界じゃ分からないがゲームの中だと回復アイテムといえば薬草だろう。
ふと、ユナを見る。
気を失っている。
足に、怪我。
「……俺のせいだ」
歯を食いしばる。
自分の判断の甘さ。
1体1で戦わせるべきではなかった。一緒に戦っていれば、ユナは怪我をすることはなかったのかもしれない。そんな後悔が押し寄せる。
その時——
「ピキャピキャ」
スライムが、ユナの足へと近づいた。
「おい、何して——」
言いかけて、止まる。
スライムが傷口に触れた瞬間——
みるみるうちに、傷が塞がっていく。
「……は?」
目を疑う。
「お前……治せるのか?」
「ピキャー」
少し元気そうに鳴く。
「……はは」
思わず笑った。
「すげえな、お前」
胸の奥にあった重さが、少しだけ軽くなる。
「ほんと……助けられてばっかだな」
そう呟きながら、俺はその小さなスライムを見つめる。




