03.薬草採取(2夜目)
時計は、22時50分。
「……まあ、こんなもんだろ」
スマホを置いて、ベッドに入る。
部屋の電気を消すと、一気に静かになる。
ふと、右腕に意識が向いた。
包帯の下にある、あの傷。
「……また、あの夢見るのか」
小さく呟く。
けど——
今朝のことを思い出す。
あの後、もう一度寝た時は夢を見なかった。
「……なら、大丈夫か」
都合よくそう思い込む。
考えすぎても仕方ない。
俺はそのまま、目を閉じた。
⸻
そしてまた——
落ちる。
深く、暗い場所へ。
底の見えない穴に、引きずり込まれるような感覚。
身体の感覚が、ぐにゃりと歪む。
「あ、これ昨日と同じやつだ」
そう思った時には、もう遅かった。
意識は、そのまま沈んでいく。
⸻
気がつくと、視界が開けていた。
高い天井。
石造りの壁。
広間のような場所。
「……またか」
小さく呟く。
右腕に違和感を覚えて視線を落とすと、そこには包帯が巻かれていた。
けど——
(……なんだこれ)
昨日、自分で巻いたものとは明らかに違う。
無駄がなく、綺麗に整えられた巻き方。
まるで、誰かに手当てされたみたいに。
「……あー」
その瞬間、頭の中に何かが流れ込んできた。
断片的な記憶。
誰かに治療される自分。
歩いている自分。
誰かと会話している自分。
——覚えがないはずの出来事。
「……そういう仕組みか」
思わず、苦笑が漏れる。
どうやら、この世界は勝手に進んでいるらしい。
現実で過ごしている間も。
そして、その間の“自分”の行動は——
この世界に来た瞬間、記憶として流れ込んでくる。
(便利っちゃ便利だけど……)
違和感は拭えない。
自分じゃない自分の記憶を持っている感覚。
それでも——
(……まあ、夢だと思おう)
そう思えば、納得できる気もした。
「どーしたの、ミナト」
不意に声がした。
「急に立ち止まって」
顔を上げる。
そこにいたのは、ひとりの少女。
明るい茶色の髪を揺らしながら、少し不思議そうにこちらを見ている。
初めて見るはずなのに——
「……ああ」
誰なのかは、はっきりと分かる。
ユナ。
この世界での、幼馴染。
「悪い、ちょっとぼーっとしてた」
「もー、しっかりしてよね」
呆れたようにため息をつく。
その仕草が、どこか現実の誰かと重なった。
(……なんか、似てるな)
理由は分からない。
けど、不思議と安心する。
「カーン……カーン……」
大きな鐘の音が、街中に響いた。
「あ、もう12時だね」
ユナが空を見上げる。
「ちょうどいいしさ、ギルドでお昼ご飯食べちゃおっか」
「ああ、そうだな」
言いながら、頭の中にもう一つの記憶が浮かぶ。
——今日、ユナと一緒に依頼を受ける約束をしていた。
(幼馴染パーティ、ね……)
なんだそれ、って思うのに。
妙にしっくりくるのが、少しだけ不気味だった。
⸻
ギルドの中は、昼時ということもあって賑わっていた。
木製のテーブルと椅子。
冒険者たちのざわめき。
奥には受付カウンター。
「とりあえずご飯先にしよー」
ユナは迷いなく席に座る。
「昨日はさー、やらかしたよね」
パンをかじりながら、軽い調子で言う。
「……ああ」
昨日の光景が蘇る。
魔物。
突進。
そして、右腕の痛み。
「まさかあんな強いとは思わなかったよね」
「初依頼で討伐選んだのが間違いだろ……」
「それはある」
あっさり認める。
「結果、俺が負傷して終了だしな、他の冒険者の人がいて良かったよ」
「でもさ」
ユナは少しだけ笑って言った。
「死ななかったんだからセーフでしょ」
「基準がおかしいだろ」
「そんなもんだよ、この世界」
さらっと言い切る。
妙に説得力があった。
食事を終えた後、二人で受付へ向かう。
「すみませーん」
ユナが声をかけると、受付の女性がにこやかに応じた。
「はい、ご用件は?」
「採取系の依頼ってありますか?」
「ございますよ。南の森での薬草採取などはいかがでしょう?」
「それでお願いします!」
即決だった。
俺も特に異論はない。
「ではこちらの用紙に——」
手続きを進めながら、受付の女性がちらりと俺の腕を見る。
「お怪我、なさってますよね?」
「まあ、ちょっと」
「採取でも魔物と遭遇する可能性はございますので、武器の携帯をおすすめします」
「……ですよね」
苦笑するしかない。
⸻
南の森。
日差しはまだ明るいが、奥に入ると少し空気が変わる。
「やっぱりあんまりないね薬草」
ユナがしゃがみ込みながら言う。
「取り尽くされてるな、これ」
初心者向けの場所らしいし、仕方ない。
「……そろそろ戻るか」
空を見上げる。
少しずつ、色が変わり始めていた。
「夜になると、この辺でも出るらしいし」
「そーだね」
ユナも立ち上がる。
手に入った薬草は、ほんの少し。
「これじゃ一日分の食費にもならないよー」
「厳しいな」
こうして俺たちの初採取依頼は依頼達成の最低限に終わった。
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街に戻ると、少しだけ人の流れが増えていた。
「ねえミナト」
ユナがくるっと振り向く。
「武器屋、行かない?」
「武器?」
「受付のお姉さんも言ってたじゃん。持っといた方がいいって」
「……まあ、そうだな」
正直、戦うのは避けたい。
けど——
この世界で生きる以上、避けられないのかもしれない。
「行くか」
⸻
武器屋の中には、様々な武器が並んでいた。
剣、槍、斧、弓。
「ミナトは片手剣にするの?」
「たぶんな」
棚から一本手に取る。
重さを確かめる。
(……まあ、いけるか)
中学と高校で剣道をやっていた。
もちろん竹刀とは違うが、何も知らないよりはマシだ。
「それよりユナは?」
「うーん……」
店内をうろうろしながら、色々な武器を見て回る。
「ミナトが剣なら、別のにしよっかなーって思ったんだけど」
「無理すんなよ?」
「わかってるって」
そう言いながら、しばらく悩んで——
結局、ユナが手に取ったのは。
「……剣かよ」
「うん、剣」
にやっと笑う。
「なんだかんだこれが一番扱いやすそうだし」
「結局そこか」
「大事でしょ?」
確かに、その通りだ。
会計を済ませて店を出る。
手元には、新しい武器。
そして——
軽くなった財布。
「……金、なくなったな」
「ねー」
ユナが笑う。
「私たち、ほんとにギリギリだね」
「笑い事じゃないだろ」
「でもさ」
少しだけ前を向いて、言う。
「なんとかなる気しない?」
その言葉は、やけに軽くて。
なのに——
少しだけ、救われる気がした。
「……まあな」
短く答える。
いつ目が覚めるのかはわからない。
現実じゃないはずの場所。
それでも——
この世界での時間はどこまでも続いていく気がした。
ミナト達のいる街についてです。
本文で書けなかったので後書きで。
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・リーベルク
複数の街道と森に囲まれた中規模の冒険者の街
初心者〜中級者の冒険者が多く集まる“育成の街”として知られている。
初心者向け依頼が豊富であり、ダンジョンへのアクセスが良い
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・西の森(魔の森)
ミナトが最初に目覚めた場所であり、魔物の密度が高く、ウルフやゴブリンの群れが普通に出る、奥に行くほど危険度が跳ね上がる。
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・南の森(薬草の森)
初心者向けの採取エリアであり、薬草や低級素材が豊富
普段は安全だが…夜には魔物の目撃情報もあり、
奥にダンジョンが存在しており、稀に魔物が外へ流出するため、油断するとゴブリンなどに襲われる
「安全ではあるが無防備でいい場所ではない」
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・北の街道
商業都市へ続く主要ルートであり、商人や旅人が多く、比較的平和であるが、盗賊団が出ることもある
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・東の街道
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●街の中の主要施設
・冒険者ギルド
街の中心にある一番大きな建物
冒険者の拠点であり、食堂兼酒場にもなっている。
朝は静か、夕方〜夜はカオス
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・市場・露店通り
よくユナが遊びに行ってる場所
安物から掘り出し物まで幅広い、子供の手作り品なども売られている




