26.オーガ②
私が初めて魔法に触れたのは、物心がついてすぐだった。
たまたま見た、お母さんの魔法。
綺麗で、優しくて――それでいて、とても強かった。
私はそれに惹かれて、自然と魔法について学び始めた。
中でも、攻撃魔法との相性は良かったんだと思う。
教えてもらったことは、すぐにできるようになった。
そのたびに、お母さんは優しく微笑んで褒めてくれた。
それが、嬉しくて。
もっと、もっとって思うようになった。
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十歳になる頃には、一人で森に入っていた。
ゴブリンも、ウルフも一撃で倒せた。
そのことがバレて、お母さんにはすごく怒られた。
当たり前だ。
危ないことをしていたのだから。
それでも――
最後に、お母さんはこう言ってくれた。
「……すごいわね」
その一言が、何よりも嬉しかった。
だから私は、もっと強くなろうと思った。
どんな魔物でも、一人で倒せるように。
魔法の“威力”だけを、ひたすらに追い求めた。
⸻
十五歳になり、冒険者になった。
登録したてのFランク。
それでもその頃には、すでにDランクの魔物を一人で倒せる実力があって、いくつかのパーティから勧誘を受けた。
その中の一つに入り、やがて固定のパーティを組むようになった。
メンバーは、私以外全員Dランク。
本来なら、場違いなはずの私。
それでも――
「ソフィアがいれば大丈夫だ」
そう言って、頼ってくれた。
私は、魔法使いとして期待されていた。
どんな魔物でも、一撃で倒す火力。
それが、私の役割だった。
初めてのDランクダンジョン。
ボスは――オーガ。
「ソフィアの魔法があれば余裕だろ」
そんな言葉と一緒に、みんなは迷いなくボス部屋へ進んでいく。
正直、不安だった。
私の魔法は、威力だけを追い求めたもの。
スピードも、精度も――他の魔法使いに劣る。
そんな魔法が、通用するのか。
それでも――
期待されるのが、嬉しかった。
頼られるのが、誇らしかった。
だから私は、自分に言い聞かせた。
「大丈夫、私ならできる」って。
今思えば――
なんの根拠もないただの思い込みだった。
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オーガは、強かった。
今まで戦ってきたDランクの魔物なんて、比べ物にならない。
私の魔法は――当たらない。
かすりもしない。
ただ、空を焼くだけ。
「もっとちゃんと狙え!」
「そんな遅さで当たるかよ!」
仲間の声が飛んでくる。
焦りと、恐怖。
呼吸が乱れる。
視界が狭くなる。
その中で――
オーガの視線が、私に向いた。
速い。
距離が、一瞬で詰まる。
(……死ぬ)
そう思った。
怖くて――
私は、目を閉じた。
それでも、何とかしなきゃって。
必死に、魔力を練り上げて。
自分が出せる、最大の一撃を――
オーガのいる方向へ、放った。
轟音。
焼ける匂い。
そして――
静寂。
恐る恐る、目を開ける。
オーガは、倒れていた。
……でも。
その間に、私を庇うように仲間が立っていた。
私の魔法は――
オーガだけじゃなくて。
その人ごと、貫いていた。
それからだった。
私が攻撃魔法を使おうとすると、体がうまく動かなくなってしまったのは。
もともと、魔法の威力だけには自信があった。
それがなくなった私はただの役立たず。
攻撃魔法を使えない魔法使いなんて、価値がない。
そう思われるのも、当然だった。
やがて私は、パーティから追放された。
それからは、地獄みたいな日々だった。
外に出るたびに元パーティの人たちに見つかっては、暴力を受けた。
罵られて、殴られて。
でも――抵抗する気にはなれなかった。
これはきっと、罰だから。
私がやったことへの、当然の報いだから。
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そんなある日、私をその場から引き離してくれた人がいた。
それが――エルちゃんだった。
ぶっきらぼうに手を引かれて、そのまま言われた。
パーティを組もうって。
どうしてそんなことを言ったのか、今でもわからない。
それでも私はエルちゃんに救われた。
エルちゃんは私を外へ連れ出してくれて、私はもう一度、魔物と向き合えるようになった。
……ううん、違う。
一緒に戦ってる“つもり”になっていた。
私は後ろに立って補助魔法を使うだけで、守られているだけなんだから。
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それから半年ほど経って、ミナトさんたちからパーティに誘われた。
エルちゃんはパーティに入ることに賛成した。
でも、私は嫌だった。
Sランクを目指すミナトさんとユナさんは、役立たずの私をきっと捨てる。
新しい仲間を見つけたエルちゃんも私を捨てるんだと。
それでも、私だけが反対してすぐに一人になるのは、もっと怖かった。
だから私は、ミナトさんたちとパーティを組んだ。
⸻
パーティに入ってから、私は少し安心していた。
ミナトさんとユナさんは、思っていたよりも弱かったからだ。
ゴブリン一体相手でも、慎重に戦わなければならないほどに。
それに二人は、とても優しかった。
パーティに加わったばかりの私たちを気遣ってくれて、補助魔法を使っただけの私に、お礼を言ってくれる。
これなら、私も――補助魔法だけでやっていける。
そんなふうに、思ってしまった。
⸻
その考えが間違いだと気づいたのは、それからすぐだった。
二層で、ウルフと戦った時。
ミナトさんは、ウルフを前にして動けなくなった。
まるで――私が攻撃魔法を使おうとした時みたいに。
でも、ミナトさんは私とは違った。
ウルフ三体を相手に、動けないはずの体を無理やり動かして――
過去を、断ち切った。
それにあの時のミナトさんの力。
あれは、エルちゃんから聞いていたSランク冒険者と、同じ力。
あぁ、きっとこのパーティは強くなる。
補助魔法だけでやっていけるなんてただの甘えだった。
Sランクと同じ力を持っているミナトさん。
本当の実力を隠しているけど、誰よりも強いエルちゃん。
そして、前だけを向いて、誰よりも早く成長していくユナさん。
私には――その全部が、眩しかった。
過去を断ち切ったミナトさんと比べて。
いつまでも、情けなく守られているだけの自分が――恥ずかしかった。
私も、変わりたい。
そう思えた。
⸻
それから私は、夜になると攻撃魔法の練習をするようになった。
誰にも見つからないように。
ただ、一人で。
仲間と一緒に、冒険を続けるために。
今度は――私が、仲間を守れるようになるために。
だから今日の冒険も。
攻撃魔法を練習する、いい機会だと思って――
私は、頷いた。
それなのに。
魔物を前にした私は、結局――補助魔法しか使えなくて。
ミナトさんを、オーガと一人で戦わせて。
また私は――守られているだけだった。
⸻
「……わたしの、せいで……」
震える声が、喉から零れる。
「ミナトさんが……こんな……」
言葉が、続かない。
オーガによって、私のそばまで吹き飛ばされたミナトさんは気を失っていた。
さっきまで、傷だらけの体を震わせながら、それでも必死に動こうとしていたのに。
泣いている私に、声を絞り出して、安心させようとしてくれた。
全部弱い私を、守るために。
視界の端で、オーガがゆっくりと動く。
狙いは私じゃない。
その先。
気を失っているミナトさんに、とどめを刺そうとしている。
「やめて……」
かすれた声で必死に絞り出す。
いつも守ってくれていたエルちゃんはいない。
いるのは気を失っているミナトさんと私だけ。
ここには私を守ってくれる存在はいない。
私が自分でなんとかするしかない。
でも――
足が、動かない。
逃げたい。
怖い。
あの時から、ずっと私を縛りつけている感情が、溢れてくる。
「……それでも……」
小さく、呟く。
「そんなの……関係、ない……」
何のために攻撃魔法を練習してきた。
ミナトさんは怖くても逃げたくても戦った。
体が動かなくても動かそうと頑張り続けた。
私を守るために。
ミナトさんがそうしたように。
今度は私がミナトさんを守る。
震える膝に、無理やり力を込める。
立て。
立て。
立て。
「……もう逃げたく、ない……」
オーガと目が合う。
あの時と同じ、圧倒的な恐怖。
逃げ出したくなる。
「……今度は……」
一歩。
踏み出す。
「……目を、逸らさない……!」
震える手を、前に伸ばす。
杖に魔力を集める。
上手くいかない。
形にならない。
それでも――止めない。
オーガが腕を振り上げる。
「――撃つ!!」
叫びと同時に、魔力を解き放つ。
バチッ――
不完全な魔力の塊が、弾けるように飛び出す。
狙いも、威力も、不完全。
それでも、オーガの顔面に、直撃する。
「ガァァァッ!?」
初めてオーガの動きが、止まった。
「……はぁ……はぁ……」
息が荒い。
体は震えている。
膝も、今にも崩れそうだ。
「……わたしは……」
ゆっくりと、もう一歩踏み出す。
「……もう、逃げません……!」
声は震えている。
それでも――私は確かに、前を向いていた。




