19.ダンジョン攻略(7夜目①)
ダンジョンに入って三日目。俺たちは三層まで到達していた。
「はぁっ!」
振り下ろした剣が、コボルトの肩口を裂く。小さく呻き声を上げたコボルトが崩れ落ちたのを確認して、ようやく息を吐いた。
三層に入ってからというもの、俺はずっと前に出されている。
「疲れてるねーミナト」
ユナが軽い調子で声をかけてくる。
「そう思うなら、そろそろ代わってくれよ」
思わず愚痴が漏れる。
「二層での借り、返してくれるんだろ? ボス部屋までは連れてってくれよな」
エルザはニヤけ顔でそんなことを言ってくる。
「な、ボス部屋までってマジかよ。ブラックすぎるだろ……」
三層に入ってからコボルトと遭遇したのは、これで七回目。そのうち六回は俺が一人で戦っている。
最初の一体目は「コボルトと戦ってみたい」と言うユナが倒したが、それ以降は「昨日は誰かのせいで疲れたなー」というエルザの一言で、すべて俺に回ってきた。
お詫びのつもりで引き受けたとはいえ、ここまでとは思っていなかった。
幸い、一度に出てくるのは多くても二体。対処できないわけじゃないが、さすがに連戦続きで体力が削られていく。
「あ、あの……補助は、しっかりかけますので……その……頑張ってください……!」
控えめな声が背中から飛んでくる。
「ありがとなー。俺の味方はソフィアだけだよ……」
苦笑しながら剣を構え直す。
マップを見る限り、もう少しでボス部屋のはずだ。あと少し――そう思っていた。
⸻
「やっとボス部屋だー……」
三層の最奥にある洞窟。重々しい扉の前にたどり着いた瞬間、俺はそのまま壁に背を預けて倒れ込んだ。
三層のボス部屋は、階層の中でも最奥にある洞窟の一番奥――そこにぽつんと存在していた。
ここに来るまでに戦ったコボルトとは合計で十六回も戦った。数にすれば三十体近くは倒しているはずだ。
奥に進むほど遭遇頻度は上がり、最後の方はさすがに危ない場面もあった。
そういうときは決まって、エルザが石を投げて牽制してくれていたが。
「はい、ミナトお疲れ様」
ユナから差し出された水袋を受け取る。
「サンキュー……」
乾いた喉に水が染み渡る。生き返るような感覚だった。
「ボス部屋を覗いてきたが、ボスはオークみたいだ。どうする?ミナトも疲れてるみたいだし今回は戻るか ?」
エルザは洞窟の奥、扉の向こうを一度確認してくれたらしい。
このダンジョンのボスは、ホブゴブリンかオークのどちらか。
ホブゴブリンは取り巻きがいて面倒だが、一体一体はそこまで強くない。対してオークは単体だが、純粋な脅威度はホブゴブリン以上とされている。
「何言ってんだよ、まだまだやれるよ。ここまで来たんだ。せっかくなら倒していこう。」
息を整えながらも、そう答える。
「そうだね。それに、ボス部屋の中には帰還の魔法陣もあるはずだもんね」
ボスを倒した先には、このダンジョン唯一の魔法陣がある。それを使えば、一瞬で入口まで戻れる。
「了解! ……じゃあオークも頼むな、ミナト!」
エルザはボスまでも俺に押し付けようとしてくる。
「え、えっと……エルちゃん、さすがにボスは……みんなで戦った方が、いいと思うよ……」
「そ、そうだ、オーク相手に俺一人はきついぞ!」
「冗談だよ、冗談。流石に私も戦うよ」
あっさりと肩をすくめる。
「あ、冗談だったんだ。ミナトなら案外、一人でもいけそうな気がするけどなー」
さらっと無茶なことを言ってくる声を、意識的に聞き流す。
「よーし、じゃあみんなで戦うぞ。開けるからな」
そう言って、重たい扉に手をかける。
深く息を吸い――押し開いた。
洞窟の最奥、ボス部屋の中へと俺たちは入っていく。
⸻
ボス部屋内部は薄暗く、湿った空気がこもる石造りの空間だった。
天井は高く、壁には苔のようなものが張りつき、ところどころから水滴が落ちている。足元は踏み固められた土と岩が混じり、これまでの戦闘の跡なのか、乾いた血のような黒ずみがあちこちに残っていた。
そして――
その中央に立っているオークは……異様な威圧感を放っていた。
全身は分厚い筋肉に覆われ、緑がかった皮膚はまるで岩のように硬そうだ。身の丈は俺たちの頭ひとつ分は軽く上で、肩幅も広い。手に握られているのは、粗雑だが重量のありそうな巨大な棍棒。
その呼吸一つひとつが重く、空気を震わせる。
ぎょろりとした目が、こちらを捉える。
――次の瞬間には、殺しに来る。
そう確信できるほどの圧だった。
ただ立っているだけなのに、これまで戦ってきた魔物とは比べ物にならない。
「……これが、Dランクか」
思わず、喉が乾く。
一歩踏み込めば、命のやり取りが始まる。
そんな緊張感が、部屋全体を支配していた。
⸻
「俺が足止めする。ユナとエルザはその間に後ろから攻撃を頼む!」
「「了解!」」
オークがこちらへと踏み出した瞬間、戦いが始まる。
俺の声を合図に、二人は左右に分かれ、背後を取るように走る。
「補助魔法かけます……ストレングス」
ソフィアの魔法が柔らかな光となって身体を包み込む。
力が、底から湧き上がってくる。
俺はそのままオークへと踏み込み――
棍棒と剣がぶつかり合う。
ガンッ!!
重い。
強化されているはずなのに、それでも押し返される。
だが――
(ここで退くわけにはいかない)
後ろにはソフィアがいる。
歯を食いしばり、なんとか踏みとどまる。
⸻
「やぁっ!」
「おらぁ!」
エルザとユナの背後からの一撃。
「グルァァッ!!」
その一撃でオークの力が一瞬だけ緩む。
「今だ!」
その隙を逃さず、剣に力を込める。
棍棒を弾き、そのまま腹へと斬り込む。
「くそ、浅いか……!」
確かに当たった。
だが、分厚い皮膚に阻まれ、傷は浅い。
二人の攻撃も同様だ。
⸻
「ミナト!危ない!」
気づいたときには、棍棒が振り下ろされていた。
「くっ……!」
咄嗟に剣で受ける。
だが衝撃を殺しきれず、身体が宙に浮く。
地面に叩きつけられ、息が詰まる。
「大丈夫!?」
「なんとか……な」
息を整えながら立ち上がる。
「それより、もう一回だ。同じ形でいくぞ!」
⸻
再び、同じ形でぶつかる。
俺が受け、二人が削る。
だが――決定打にはならない。
何度繰り返しても、オークの硬い皮膚は致命傷を許さない。
(……くそ、なんかないのかよ、あいつを倒せるような一撃は……)
ソフィアが言っていた、あの力。
あれが使えれば――
だが、ウルフの時以来、再現できていない。
今はあの力には頼れない。
それなら――
別の何か。
そう思い、視線を巡らせる。
部屋全体を。
そして、オークの全身を下から上へと見上げる。
(……ある)
どれだけ硬くても。
剥き出しの、柔らかい部位が――ひとつだけ。
だが、このままじゃ届かない。
なら――
「2人とも、次は足を狙ってくれ!」
「……そういうことか、任せろ!」
「了解だよ!」
短く返ってくる。
2人とも俺のしたいことを理解してくれたようだ。
⸻
オークの一撃を――避ける。
今度は受けない。
ギリギリで躱し続ける。
時間を稼ぐ。
「ユナ!合わせろ!」
「オッケー、いくよ!」
二人の攻撃が、オークの右足に叩き込まれる。
鈍い音。
体勢が崩れ、巨体が、こちらへ倒れ込んでくる。
「これなら――どうだ!」
剣を構える。
狙いは一点。
そのまま、突き上げる。
ぐしゃり、と手応え、俺の剣はオークの目を貫いた。
「グルァァァァァァッ!!」
今までで一番大きな鳴き声、間違いなくダメージが入った。
だが――
まだ、終わらない。
オークは倒れかけた体を、強引に起こす。
剣を握っている俺の身体は宙へと浮く。
「くそ……離すかよ!」
剣を握りしめたまま、しがみつく。
足を首に絡め、体勢を固定する。
だが――
棍棒が、再び振り上げられる。
自分ごと、俺を叩き潰すつもりだ。
「させない!」
「やらせるかよ!」
ユナとエルザが同時に飛び込む。
2人の攻撃が棍棒を弾き、軌道を逸らす。
今しかない。
「これで――終わりだぁ!」
刺さった剣を引き抜き――
もう片方の目へ、全力で突き刺す。
「グルァァァァァァァァァァッ!!」
先ほど以上の絶叫。
そして――
静寂。
オークの体から力が抜ける。重たい音を立てて、巨体が崩れ落ちる。
荒い呼吸だけが、この場に残る。
「……終わった、な」
ぽつりと漏れる声。
オークにはもう動く気配はない。
――間違いない。
正真正銘、俺たちの勝ちだ。




