20.ダンジョン攻略(7夜目②)
フロアボスを討伐した後、俺たちはその場に座り込んでいた。
荒い呼吸と、まだ残る緊張の余韻。
静まり返ったボス部屋に、水滴の落ちる音が響いている。
「み、皆さん……お疲れ様です……これ、飲んでください……」
ソフィアが、水袋を一人ひとりに手渡してくれる。
「ありがとう」
礼を言って、それを受け取る。
喉を通る冷たい水が、体の奥に染み渡っていく。
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「いやー、手強かったねー」
ユナは軽く息を吐きながら、そう呟く。
「わたしたち、少しは強くなったと思ってたんだけどなー」
「そうだな……正直、油断してた。E級とD級で、ここまで差があるとは思わなかったよ」
苦笑混じりに答える。
「だよねー。コボルトはそんなに苦戦しなかったし、オークぐらいなら余裕だと思ってたよ、まぁ……でも、これで初心者ダンジョンは攻略だね。」
そう言うとユナは少し視線を上げて、
「次はD級、行ってみよー!」
右手を上に突き上げ声高らかに宣言した。
だがーー
「何言ってるんだよ」
エルザの呆れたような声。
「D級のダンジョンじゃ、一層でオークが出るぞ。今のまま行ったら、死にに行くようなもんだぜ」
「え、そうなの?」
「D級の中じゃ、オークなんて最弱レベルだしな。初心者ダンジョンのゴブリンみたいなもんだ」
(マジかよ……)
あそこまで苦戦した相手が、D級の中じゃ最弱。
思わず苦笑が漏れる。
「……じゃあ、しばらくはここで鍛えるしかないか」
そう呟いたとき――
『ご主人、終わったよ』
柔らかな声が頭の中に響く。
ルナが俺の怪我を治し終わったらしい。
「ありがとな。次は二人の怪我も――」
「あぁ、私は大丈夫だぜ」
軽く手を振る。
「後ろからチクチクやってただけだしな」
「わたしも平気だよー。ほとんど当たってないし!」
どうやら二人とも無傷らしい。
⸻
治療も終わったので俺たちはボス部屋の奥へと歩き出す。
そこには――
淡く光を放つ魔法陣があった。
床一面に広がる円形の紋様。
幾重にも重なった幾何学模様と古代文字が、青白い光を帯びて脈打っている。
中心から外側へと、ゆっくりと光が流れていくように揺らめき、まるで呼吸しているかのようだった。
「……これが、帰還の魔法陣か……」
「す、すごいですね……こんなにはっきり魔力を感じるなんて……」
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俺たちは、その中央へと足を踏み入れる。
全員が乗った瞬間――
魔法陣が、強く輝いた。
視界が白に染まり、
一瞬、意識が遠のく。
――次の瞬間。
気づけば、ダンジョンの入り口に立っていた。
さっきまでの湿った空気も、重苦しい圧も、すべて消えている。
「本当に便利だよねー。三日かけて来た道が一瞬なんだから」
感心したような声。
「まぁな。でも、ボス倒さないと出てこないのは面倒だけどな」
肩をすくめる。
そんな他愛のない会話をしながら、
俺たちは街へと戻っていった。
⸻
街にたどり着いた頃には、すっかり夕方になっていた。
赤く染まった空の下、他の冒険者も街へと戻り始めている。
戻って最初に向かうのはギルドだ。
ダンジョンで狩った魔物の素材を換金するためである。
「ルナ、頼む」
『了解だよ、ご主人!』
そう言うとルナは口を大きく開け、次々と魔物の素材を吐き出していく。
ダンジョンで狩った魔物は、すべてルナが回収していた。
その中から換金できる素材だけを、体内に保管してくれていたらしい。
ゴブリンなら耳、ウルフなら毛皮といった具合だ。
(ほんと、なんでもありなスライムだな……)
思わず苦笑が漏れる。
「すごいですね……こんなにたくさん……」
受付の女性が、テーブルいっぱいに積まれた素材を見て目を丸くする。
「三日間ダンジョンに籠もってたからね。どう?それなりにもらえそう?」
軽い調子でユナはそう尋ねる。
どうやら、今回の稼ぎが気になっているらしい。
「少しお待ちください。すぐに査定いたしますね」
そう言って、受付嬢は素材を持って奥へと下がっていく。
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待つこと、5分程。
結果はすぐに出た。
換金額は――銀貨二十枚。
一人あたり銀貨五枚。
日本円にして、およそ五万円といったところだ。
三日間の成果としては、十分すぎる額だろう。
「おぉ……結構いったね」
「まぁな。悪くない」
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そうして、ギルドを出て宿へ戻ろうとしたとき――
「あ、少しお待ちください」
受付嬢に呼び止められる。
「ミナトさんとルナさんは、現在Fランクでしたよね?」
「はい、そうですけど」
「今回の換金量ですと、Eランクへの昇級試験を受けられる可能性があります。いかがなさいますか?」
「え、ほんとに!?受ける受ける!」
食い気味に返すユナの声。
「いえ、今月の試験はすでに終了しておりまして……来月分の受付であれば、今ご案内できます」
「あ、そうなんだ」
少しだけ残念そうにしながらも、すぐに切り替える。
「ミナト、受付しよ!」
「あぁ、そうだな」
俺も同意する。
Eランクの魔物なら、もう一人で対処できる。
試験も、そこまで難しくはないはずだ。
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そうして俺たちは、来月の昇級試験の受付と簡単な説明を受け、ギルドを後にした。
帰り際――
「今日は、ゆっくり休んでくださいね……」
受付嬢の柔らかな声が背中にかかる。
振り返ると、優しく微笑んでいた。
その言葉に、自然と肩の力が抜ける。
軽く手を振り、俺たちはギルドを出た。
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瞼がゆっくりと開く。
喉がひどく乾いている。
それに――空腹。
これまで感じたことがないほどの、強烈な空腹感だった。
(……あぁ、そうか)
どうやら現実に戻って来たらしい。
スマホを手に取る。
画面に表示された時刻は――月曜日の朝七時。
どうやら俺は、丸二日以上あの世界にいたらしい。
「……どうにか、しないとな」




