17.ダンジョン攻略(6夜目②)
21時にもう1話投稿します。
昼食をとった後も、俺たちの間に流れる重苦しい空気は変わらなかった。
昼食を口にする間も、誰も喋らない。
視線も合わない。ただ時間だけが、ゆっくりと過ぎていく。
そして――
昼食後初のウルフとの集団戦が終わった直後。
「今日はもう帰ろうぜ。ミナトがこんなんだとは思わなかった」
エルザが吐き捨てるように言う。
その一言で、空気が完全に止まる。
あぁ、俺のせいだ。
俺がウルフと戦えていたら、こんな空気にはならなかった。
エルザにこんな言葉を、言わせることもなかった。
胸の奥が、じわじわと重く沈んでいく。
(……このまま帰ったら)
きっと、このパーティは終わる。
いや、正確には――俺だけが外されるのかもしれない。
ユナは反対してくれるだろうか。
でも――
ユナがSランクを目指すなら、俺なんかと一緒にいるべきじゃない。
あいつは、エルザたちといるべきだ。
(……しょうがない)
そう、諦めかけた、そのときだった。
「ねぇ、エルザちゃん。もう一回だけ、ミナトにチャンスをあげてくれないかな」
午前中ずっと黙っていたユナが、顔を上げてそう言った。
だが――
「甘すぎないか? 今までウルフとの戦闘は何回あった? その全部で、こいつは動けなかったんだぞ。今さらどうにかなるとでも思ってんのか?」
苛立ちを隠そうともせず、鋭い言葉が返される。
その矛先は俺だけじゃない。
ユナに向ける口調まで、明らかに強くなっていた。
それでも――
「うん、そうだよね。エルザちゃんは、何回も待ってくれてた。それなのに…わたし、ミナトがこんなになるなんて思ってなくて…何もできなかった。ごめんね」
視線を落として、自分を責めるように言う。
それから、顔を上げエルザを真っ直ぐと見つめる。
「でもね、次は違うよ。次は、わたしが…わたしがなんとかしてみせる。だから…ミナトを信じられないなら、わたしを信じて。あと一回だけでいいから、チャンスをくれないかな。お願い!」
そう言って、深く頭を下げる。
迷いのない、まっすぐなお願いだった。
その姿に、胸が締め付けられる。
――なんで、ここまでしてくれるんだよ。
⸻
「エルちゃん……あの……」
少し戸惑いながら、ソフィアも静かに一歩前に出る。
「ミナトさんは前にウルフと戦ったときのことが、まだ残っていて……でも、それでもここまで来てくれてて……」
優しく、言葉を選びながら続ける。
「だから……あと一度だけでいいから、機会をあげて、私からも、お願い……」
そう言って、小さく頭を下げた。
ユナほど勢いはない。それでも、真剣な想いが伝わってくる。
「はぁー……しょうがねぇな」
長いため息。
しばらくの沈黙のあと、視線がこちらに向けられる。
「あと一回だけだぞ」
⸻
それからも変わらず二層を歩く。
湿った土の匂いと、どこか張り詰めた空気。
誰も口を開かないまま、足音だけが静かに続いていた。
やがて――
草むらの奥から、低い唸り声が響く。
姿を現したのは、五体のウルフ。
灰色の毛並み、鋭い牙。
逃げ場を塞ぐように、俺たちの前に広がる。
そんな中みんなの視線は俺へと向く。
最後のチャンス。
そう分かっているのに、身体は動かない。
指先がわずかに震えるだけで、一歩も踏み出せない。
「はぁー……やっぱりダメだったか。期待した私がバカだったよ」
呆れたように、吐き捨てる声。
そのまま、エルザはウルフの方へと歩き出そうとする。
だが――
「エルザちゃんは手出さないでね!」
その腕を、ユナが掴んで止めた。
場の空気には似合わないほど、明るい笑顔で、声で。
「ソフィアちゃん、補助魔法だけお願い!」
「は、はい……任せてください……!」
柔らかな光が広がる。
身体に力が満ちていく感覚――ストレングス。
そのままユナは、俺の手を取った。
まるで、露店を回るために、無理やり引っ張られたあの日みたいに。
笑顔のまま。
そして――
俺を引きずるように、ウルフの群れへと向かっていく。
「わたしは右の2体やるから、ミナトは左の3体お願いね」
軽く言ってのけると、そのまま遠心力を使って
放り投げた。
「な……なにして……」
驚きの声が出る。
だが、その言葉が終わる前に――
ウルフが飛びかかってくる。
あの日と同じ光景。
最初にこの世界で、恐怖を刻み込まれた瞬間。
牙が迫る。
(また――)
その瞬間。
反射的に、身体が動いた。
剣を握り――振り上げる。
ガンッ、と鈍い音。
ウルフの牙を、確かに受け止めていた。
「よかったね、ミナト。今度は防げたじゃん」
明るい声が、横から飛んでくる。
見るとユナは、二体のウルフを相手に戦っていた。
だが、余裕はない。
こちらを気にしながら動いているせいか、動きにわずかな乱れがある。
その隙を突かれ、腕や足に小さな傷が増えていく。
それでも――
止まらない。
「今のミナトは、あの時とは違うよ。ゴブリンとの戦いだって余裕だったし、今だって咄嗟の攻撃を防げてる。目標だって出来たでしょ。」
攻撃を受けながらも、言葉を続ける。
「ミナトなら大丈夫。わたしの知ってるミナトは、こんなところで止まらない。もう逃げなくていい――過去ならここで終わらせよ、ミナト。全力で!」
その言葉が、胸に落ちる。
⸻
――そうだ。
俺は、あの日の俺じゃない。
ただ退屈な日常を過ごしていた、あの頃とは違う。
ここには仲間がいる。目指す場所がある。
俺はSランクを目指す――冒険者だ。
こんなところで、立ち止まっていいはずがない。
気づけば、恐怖は消えていた。
身体が、軽い。
さっきまでの重さが嘘のように、自由に動く。
それどころか――今まで感じたこともないような力が溢れてくる。
⸻
目の前のウルフが、再び牙を剥く。
その攻撃を受け止めている剣に力を込め、そのまま振り抜く。
一閃。
それだけで、ウルフの身体は真っ二つに裂けた。
血が舞う。
倒れた一体を見て、残りの二体が同時に飛びかかってくる。
だが――遅い。
大きく振り下ろす。
一体を叩き斬る。
さらに、その勢いのまま剣を返し、地面すれすれから切り上げる。
もう一体も、空中で断ち切られた。
静寂。
俺の前に立っていたウルフは、すべて倒れている。
⸻
――まだ終わりじゃない。
ユナの方に向かわないと。
そう思って顔を上げる。
だが――
「遅かったな、もう終わってるぞ」
ユナの方を見るとそこにはエルザの姿。
足元には、すでに倒れたウルフ。
どうやら、俺が戦い始めたのを見て、援護に回ってくれていたらしい。
その事実に、思わず力が抜ける。
「はは、カッコつかねぇな」




