16.ダンジョン攻略(6夜目①)
予約投稿の時間ミスってて、昨日は1話しか投稿できてませんでした。
今日は3話投稿します!
目が覚める。
天井を見ても、周りを見渡しても、目に入るのは簡易的な布ばかり。
いつもとはまったく違う景色に、俺は一瞬だけ違和感を覚える。
どうやら俺は、夢の中で一日を過ごしてしまったらしい。
幸い今日は休日で、大学はなく、特に予定もない。
問題はない――どころか、今の俺にとっては、むしろ都合がいいとさえ思えた。
こっちの世界で過ごせる時間の方が、現実よりもずっと濃く、意味のあるものに感じてしまっている。
「おーい、起きてるかー」
エルザの声がテントの外から声が聞こえる。
昨日は男女で分かれて、二つのテントに寝泊まりした。
わざわざ起こしに来てくれたのだろう。
そう思い、布を押し上げて外に出る。
「おはよう」
「おう、おはよう」
軽く言葉を交わすと、エルザはすぐに本題に入った。
「それより、ほら。新しい剣」
差し出されたそれを見て、思わず目を見開く。
見慣れないが、しっかりとした造りの剣だった。
「お、おう……ありがとう。エルザは剣も使えるのか?」
「いや、使えないぞ?」
あっさりと否定され、思わず間の抜けた声が出る。
「じゃあなんで、こんなもの持ってきてるんだ?」
「言ったろ、なんとかしてやるって。買ってきてやったんだよ」
当然のように言う。
「え……どこで?」
「街に決まってるだろ。大変だったんだからな。ソフィたちが寝てから急いで行って――おかげで五時間くらいしか寝てない」
さらっと言ってのけるその内容に、頭の中で計算が走る。
昨日、俺たちがテントに入ったのがおよそ八時間前。
つまり――俺たちが半日かけて進んできた道を、三時間もかからずに往復したことになる。
「……はは、化け物だな」
思わず漏れた本音に、
「おいおい、それが剣を用意してもらったやつの言葉か?」
呆れたような視線が返ってくる。
「悪い悪い。ありがとな、この剣。大切に使わせてもらうよ」
そう言って、手にした剣を軽く握る。
重みが、やけにしっくりと馴染んだ。
やっぱりエルザは強い。
昨日のことを思い出しながら、そんな考えが頭をよぎる。
だが、もしそれが本当だとしても、無理に聞き出すつもりはなかった。
これからも一緒に冒険を続けていくのだから、きっと――いつか、向こうから話してくれる。
その時を、待てばいい。
⸻
俺たちは朝食を済ませ、二層への階段を下りていく。
石でできた階段はひんやりとしていて、足音がやけに大きく響いた。
一段、また一段と下るごとに、空気がわずかに重くなっていくような気がした。
やがて視界が開ける。
「二層も、あまり一層とは変わらないんだな」
辺りを見回しながら、思ったままを口にする。
広がるのは一層と同じような森の景色。
「…このダンジョンは、全フロアこんな感じみたいです」
穏やかな声でソフィアがそう答える。
「変わるのは出てくるモンスターだけだな。二層はウルフが出てくるはずだぜ」
エルザの言葉に、わずかに息が詰まる。
ウルフ。
俺が冒険者初日に、怪我をーー恐怖を負わされた魔物。
あの鋭い牙、素早い動き、そして――何もできなかった自分。
(……大丈夫か、俺)
心の中で問いかける。
もし、またあいつと対峙した時、俺はまともに動けるのか。
剣を握って、前に出ることができるのか。
だが――
(上を目指すなら、こんなところで止まってる場合じゃない)
怪我なんて、これから何度でもするだろう。
恐怖だって、いちいち立ち止まっていたらキリがない。
そう思った、次の瞬間だった。
――ガサッ。
草を踏み分ける音。
視線を向けた先に現れたのは――灰色の毛並み、鋭い牙。
ウルフだ。
しかも一体じゃない。
二体、三体――四体。
「四体か……ちょっと厄介だな。全員で戦うぞ!」
「補助は任せてください」
エルザの言葉に併せてソフィアの補助魔法が身体を包む。
昨日と同じ、ストレングスの魔法だ。力がわずかに引き上げられる感覚がある。
それを合図に、エルザとユナが同時に駆け出す。
斧を構えた背中と、軽やかな足取り。
――戦いが始まった。
エルザは二体を相手に、軽やかに、そして確実に立ち回っている。
攻撃を受け流し、隙を見て反撃。無駄が一切ない。
一方で――
ユナの方は苦戦していた。
補助魔法がかかっているとはいえ、二体同時は厳しい。
必死に攻撃を受け流し、防ぐので精一杯だ。
「おい、何してるんだ!早くお前も戦え!」
エルザの怒声がソフィアの横で立っているだけの俺へと飛ぶ。
その声に、身体がびくりと震えた。
(行かなきゃ――)
頭では分かっている。
このままじゃユナが危ない。
俺が加われば、状況は変えられる。
でも――
足は動かなかった。
目の前のウルフの牙が、やけに大きく見える。
あの時の記憶が、鮮明に蘇る。
痛み。恐怖。無力感。
ルナに治してもらったはずの右腕が、疼くような錯覚さえあった。
(……無理だ)
「クソ、しょうがねぇな」
その声と同時に、空気が変わる。
エルザが一瞬で間合いを詰める。
振るわれた斧が、まるで風のように軌跡を描く。
二体、瞬時に沈む。
そして間髪入れず、
「ユナ、伏せろ!」
ユナが地面に身を伏せたその上を、斧が薙ぐ。
残りの二体も、抵抗する間もなく地に伏した。
静寂が戻る。
荒い息遣いと、草が揺れる音だけが残った。
⸻
戦いは終わった。
誰も怪我はしていない。
それなのに、空気は重く、張り詰めていた。
エルザの足音が近づいてくる。
「おい、なんで動かなかった。あのままじゃユナは怪我してたぞ」
目の前まで来て、鋭い声が突き刺さる。
何も言えない。
身体はまだ震えているだけで、まともに動かない。
「なんとか言えよ!」
胸ぐらを掴まれる。
強く、強く引き寄せられる。
「え、エルちゃんやめて……ミナトさんは前にウルフに……」
「知ったことじゃねぇよ……!」
遮るように吐き捨てる。
「ここから先もウルフが出てくるたびに、お前は仲間だけに戦わせるつもりなのかよ」
言葉が、胸に突き刺さる。
ソフィアの視線が、心配そうに揺れている。
二人の間を、何度も行き来していた。
そのとき、ようやく――身体が動いた。
喉が、震える。
そして、絞り出すように言葉が出た。
「悪かった、次はちゃんと戦う」
それだけだった。
それ以上、何も言えなかった。
⸻
それからも、何度もウルフと遭遇した。
ゴブリンとは違い、ウルフは群れで行動しているのだろう。
常に複数で現れ、戦いは自然と役割分担になっていく。
補助魔法がかかる。
ユナが数体を引きつけて時間を稼ぐ。
その間に、エルザが確実に数を減らす。
そして片付け終えれば、そのままユナの援護へ回る。
連携としては、完璧だった。
――ただ一人を除いて。
戦闘が終わるたびに、エルザの視線が向く。
何も言わなくても分かる、その圧。
そして、詰め寄ろうとするのを、ソフィアが必死に止める。
そんなやり取りが、何度も繰り返された。
俺は――結局、その後の数回の戦闘で一度も前に出ることはできなかった。




