11.由奈との買い物
由奈と映画を見にいく約束の日。
俺は11時に目が覚めた。
最近は、どうにも睡眠時間が長くなっている気がする。
原因は……あの夢だろうか。
見始める前は8時間も寝れば十分だったのに、今日は半日近く寝ていても体の疲れが取れていない感覚がある。
それでも、今までなんとなく生きていた俺が、何かを目標にできる。
それがたとえ夢の中の話だとしても、悪くない気がする。
――ピロン
スマホに通知が入る。
由奈からだった。
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「起きてる?」
「今起きたところだ」
「もー、ギリギリじゃん」
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……確かに、ギリギリかもしれない。
そう思いながら俺は最低限の身だしなみだけ整えて家を出る。
大学近くの駅なら、今からでも十分間に合うはずだ。
そうして、待ち合わせ場所へと向かった。
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「……意外と早く着いたな」
道が空いていたおかげで、約束の20分前には到着していた。
「さすがにまだ来てないか」
そう思い、スマホに視線を落とす。
――10分後。
「あれ、もしかして待たせちゃった?」
不意に前から声をかけられる。
顔を上げると、そこには由奈が立っていた。
淡いベージュのロングスカートに、柔らかい素材の白ニット。
肩は少しだけ見えるデザインで、上から薄手のグレーカーディガンを羽織っている。
全体的に優しい色合いでまとめられていて、
ふんわりとした雰囲気の中に、ほんの少しだけ大人っぽさが混ざっていた。
……俺も、もう少しちゃんとした格好で来ればよかったかもしれない。
そう思いながらも由奈に返事をする。
「いや、全然。さっきついたところだよ」
「そっか、よかった」
ほっとしたように笑う由奈。
「じゃあ映画見にいくか」
「えっ、映画17時からのとっといたよ?」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出る。
「12時集合って言ってたよな?」
「あー……」
由奈はわざとらしく目を逸らした。
「買いたいものあったんだよねー。付き合って?」
そのまま、俺の手を掴んで引っ張る。
「お、おい――」
抵抗する間もなく、駅のほうへと連れ込まれた。
⸻
この駅は、ショッピングモールと一体化している。
フードコート、アパレル、雑貨、そして映画館まで揃った複合施設だ。
「ねえねえ、まずこっち!」
中に入るやいなや、由奈は迷いなく歩き出す。
その足取りは軽くて、今日を楽しみにしていたのが伝わってきた。
「買いたいものって何なんだ?」
「んー、内緒。見てのお楽しみ」
振り返って、いたずらっぽく笑う。
そのまま俺の手を引く力が、少しだけ強くなる。
……普通に、手繋いだままなんだよな。
最初は流れだったはずなのに、もう離すタイミングが分からない。
由奈も気にしていないのか、自然にそのまま歩いている。
⸻
「ここ!」
連れてこられたのは、女性向けの雑貨店だった。
アクセサリーやコスメが並ぶ、いかにも“女子の店”という空間。
「……俺、場違いじゃないか?」
「大丈夫だって。彼氏と来てる人とか普通にいるし」
さらっと言われた一言に、言葉が詰まる。
「いや、俺ら別に――」
「はいはい、細かいこと気にしないの」
軽く流され、由奈は店内を見て回り始めた。
結局、俺はそのままついていくしかない。
「どっちがいいと思う?」
由奈が差し出してきたのは、二つのブレスレット。
シンプルなシルバーと、小さな石がついた少し華やかなもの。
後者はユナに買ったブレスレットに似ている気がした。
「……由奈なら、小さな石がついた方じゃないか?」
「え、なんで?」
「なんとなく。ワンポイントあった方が似合いそうだなって思ったからだよ」
「それにそっちの方がつけてるイメージ湧いてくるし」
言ってから、少しだけ気まずくなる。
少しキモかったかもしれない。
「……ふーん」
横を見ると、由奈は少しだけ嬉しそうに笑っていた。
「じゃあ、こっちにしよっかな」
そのままレジへ向かう背中を見ながら、
なんだか胸の奥がむず痒くなる。
⸻
その後も、由奈は次々と店を回っていく。
服屋、雑貨屋、スイーツショップ。
「これどう?」「似合う?」と目を輝かせながら聞かれて、
俺はその度に答える。
由奈と繋いでいた手には気づけば袋が増えていき――
「……俺、完全に荷物持ちだな」
「えーまだまだだよ??」
ケラケラと笑う由奈。
その笑顔を見ていると、不思議と悪い気はしなかった。
⸻
「ちょっと休憩しよ!」
フードコートの一角に座る。
思った以上に歩き回っていたらしく、軽く疲れていた。
「はい、これ」
冷たいドリンクを差し出される。
「……ありがと」
「どういたしまして。買い物に付き合ってもらってるしね」
ストローをくわえながら、由奈は満足そうに息をついた。
少しの沈黙。
周りは騒がしいのに、この空間だけは妙に落ち着く。
「なあ」
「ん?」
「映画まで、まだ結構時間あるよな」
「あるねー」
にやっと笑う由奈。
「まだまだ連れ回すよ?」
「……ほどほどにしてくれよ」
「無理!」
即答だった。
でもその声は楽しそうで――
気づけば俺も、少しだけ笑っていた。
由奈のショッピングも、映画の時間が近づいたことでひと段落ついた。
「結局いっぱい買っちゃった」
満足そうに笑いながら、由奈は小さく伸びをする。
「買い物って見てるだけでも楽しいし」
「だな」
わからない感覚だったが、とりあえず肯定しておく。
「そろそろ行くか」
「うん!」
そうして俺たちは、最上階にある映画館へと向かった。
エスカレーターを上がるにつれて、人の数が少しずつ増えていく。
ポップコーンの甘い匂いと、どこか非日常な空気。
チケットを受け取り、暗いシアターの中へ入る。
席に座ると、周りのざわめきが徐々に落ち着いていく。
やがて照明が落ち――
映画が始まった。
映画を見ている間、俺の視線は何度かスクリーンから逸れていた。
隣に座る由奈。
その表情が、どうしても気になってしまう。
シリアスなシーンでは、少し眉を寄せて唇を噛む。
アクションシーンでは、子供みたいに目を輝かせる。
驚いたときには小さく肩を揺らし、
嬉しい場面では、ほんの少しだけ口元が緩む。
(……ほんとに)
その姿を見て無意識に思う。
(ユナみたいだな)
夢の中で見てきた、あの無邪気な笑顔。
楽しそうに走り回る姿。
どこか重なって見える。
(やっぱり……似てるんだよな)
ただの偶然なのか、それとも――
そこまで考えたところで、
画面の光が一瞬強くなり、現実に引き戻される。
気づけば、クライマックスに近づいていた。
(……あれ)
内容が、あまり頭に入っていない。
せっかく楽しみにしていたのに。
(……何やってんだ俺)
小さく自嘲する。
それでも――
隣から聞こえる、由奈の小さな笑い声に、悪くない気がしてくる。
⸻
映画館を出て、エスカレーターを降りる。
人の流れに乗りながら、さっきの映画の話になる。
「あのシリーズ初めて見たけど面白かったねー」
由奈は楽しそうに話し続ける。
「あの最後のシーンとかさ、めっちゃよくなかった?」
「ああ……」
正直、うまく思い出せない。
それでも、相槌を打つ。
「来年も見に行こうかなー」
「……そうだな」
自然と返す。
⸻
改札前。
人の流れが分かれる場所。
「じゃあ、私こっちだから」
由奈が振り返る。
「またね!」
「ああ――」
いつも通り返そうとして、
ふと、言葉が止まる。
(……もし)
頭の中に浮かんだ疑問。
消そうとしても、消えない。
「……なあ」
思わず、呼び止める。
「ん?」
由奈が首を傾げる。
「由奈ってさ」
少しだけ言葉を選ぶ。
「昨日、どんな夢見た?」
「……夢?」
きょとんとした顔になる。
「うーん」
少し考えるように視線を上げて、
「わたし、あんまり夢見ないんだよね」
あっさりとした答えだった。
「昨日も見てないし」
「てかさ」
くすっと笑う。
「夢って見てもすぐ忘れちゃうでしょ?」
「……まあ、そういうものか」
「どうしたの急に?」
不思議そうに聞いてくる。
「いや……」
少しだけ間を置いて、
「なんでもない」
軽く首を振る。
「ちょっと気になっただけだよ」
「ふーん、変なの」
由奈はそう言いながらも、深くは追及してこなかった。
⸻
「あ、やば」
電光掲示板を見て、由奈が声を上げる。
「電車来ちゃう、もう行かないと」
「……ああ」
「じゃあね、ミナト」
「ああ、またな」
少しだけ手を振って、短く返す。
由奈はそのまま改札を抜けて、人の流れの中に消えていった。
⸻
静かになった改札前。
さっきまでの賑やかさが、嘘みたいに遠く感じる。
(……夢は見ない、か)
もし本当に関係があるなら、
何かしらの反応があってもいいはずだ。
(考えすぎか)
もし、あの世界で――
由奈とも一緒に冒険できたら。
そんな考えが、ふと頭をよぎる。
(……バカだな)
自分で苦笑する。
由奈は夢を見ないらしいし、だとしたら俺の思い過ごしだろう。




