待ち遠しい季節 その1
4月もあと4日。新入生の子たちもだいぶ授業に慣れてきて、キャンパス内は落ち着いた雰囲気を取り戻していた。教室の場所が分からずに困り果てている子は見かけなくなったし、教材を購入する列の流れに巻き込まれることもなくなった。新入生ではないのに、どこかソワソワしている自分が不思議で仕方なかった。去年もそうだったし、きっと来年も同じ思いをするのだろう。
「美幸、相変わらず来るの早いね」
いつものように三つ編みヘアを頼りに席を見つける。
「まぁね。奈月と違って家近いし」
美幸が本を閉じて、丁寧な手つきでバッグへ仕舞う。
「そういえば、明後日からゴールデンウィークだけど、奈月は予定どんな感じ?」
「んー、お父さんが帰ってくるから、みんなで出かけるかなあ」
「そっか。お父さん、今どこにいるんだっけ?」
「京都」
「それならまだ近い方だよね。前は北海道の時もあったし」
「うん……そうだよねー……」
ゴールデンウィークか。
河野さん、は何をするのだろう。
もしまた僕を見かけることがあれば、声をかけてもらえると嬉しいです。彼にそう言ってもらえて私の方こそ嬉しい。でも。
それって、いつ?
次に会えるチャンスなんか訪れるのだろうか。考えてみれば、彼の連絡先を知らない。住所も、行動範囲も。手がかりがまるでない。この前会えたのだって、偶然が重なっただけだ。お母さんが抹茶スイーツを欲しがらなかったら。あの日、あの時間に出かけなかったら。彼が歩く練習をしていなかったら。初めて出会った時もそう。いくつもの偶然が重なった結果にすぎない。あるいは、神様の気まぐれかも。
次、なんてあるのかな。そう思うと、胸が苦しくなってくる。
「奈月、聞いてる?」
美幸が少しむくれた表情でこちらを見つめている。
「えっと……何だっけ?」
「もう。ゴールデンウィークの話だよ」
「そうだった、ごめん。ゴールデンウィークね」
「奈月、最近ボーッとしてること多くない?」
「そう、かな?」
そうそう、と彼女が大きく頷く。
「なんか、心ここに在らずって感じ。悩み事?」
「いや、別に……」
「あ!もしかして」
恋?と、彼女が口の動きで示す。
「なっ……!そんなんじゃないよっ!」
ぶんぶんと手を振って必死に訴える。
どうしてこんなに必死になって否定しているのだろう。……図星だから?いや。
たぶん、恋とは違うと思うから。だって、まだ何も始まっていない。彼のことを何ひとつ知らない。物語は始まっていない。でも、1つ言えることがある。
夢の中でもいいから、なんて嘘だ。
彼のことを知りたい。直接会って、いっぱい話をして。好きな食べ物は何か、とか。普段何をして過ごしているのか、とか。少しずつでも知っていきたい。そして、もし叶うのなら。
またあの穏やかな笑顔を見たい。何度でも。
「ふーん。ま、いいけど。それより、ゴールデンウィーク、空いてる日あったら遊ぼ」
「うん、いいよ」
美幸はそれ以上深く聞かずにおいてくれた。きっと、私が困ってしまうと思ったんだ。今は彼女の優しさに甘えさせてもらおう。
もし。どれくらいの確率があるのかは分からないけれど、もし、彼との物語が始まるのなら。それが「恋」と呼べるのだとしたら。そして、いつかその物語を誰かに伝えたいと思う日が来たら。その時は、美幸に最初の読者になってもらいたい。そう思った。




