待ち遠しい季節 その2
「ただいまー」
「「おかえり」」
2つの声が重なって廊下の奥から響いてくる。
え?勢いよくリビングへ走り込む。
「お父さん!明後日帰ってくるんじゃなかったの?」
「いやあ。仕事が早く片付いたから早めに帰ってきた。明後日だと、絶対、新幹線人多いし」
「そっか。おかえりなさい」
半年ぶりに会うお父さんは、以前と変わらず元気そうだ。黒縁メガネのレンズはピカピカで、髪もきちんと整えられている。大雑把なお母さんとは大違いだ。二人は性格も似ていないし、どうしてこの二人が結婚したのだろうと時々疑問になる。お父さんの方がゾッコンだったのよ、なんてお母さんは言うけれど、どこまで本当か分からない。
「それより奈月、さっさと着替えてきてよ。お父さんがね、奈月が帰ってくるまでお土産食べちゃ駄目って言うから、ずっと待ってたのよ」
「母さん、もうすぐ夕飯だろ?お土産は食後でもいいじゃないか」
「えー、いいじゃないの。ちょっとだけ、ね?」
お母さんがウインクしてみせる。
「……しょうがないな」
「やった!ありがとー」
「奈月、後でいいから、大学生活のこととか教えてくれないか。母さんから少しは聞いてるけど……よく分からん」
「はーい」
何それー、ちゃんと手紙に書いてるじゃないの、とお母さんがブーブー言い出す。お父さんが宥めるのに必死になる。
お父さんの方がゾッコンって言うのは、もしかして本当なのかも。
二人の会話を背中越しに聞きながら、自分の部屋へと急いだ。
「それで、大学はどうなんだ?」
リビングへ戻ると、既にお土産が広げられている。抹茶サンドクッキーの袋が開けられていて、見ると、お母さんがにこにこしながら頬張っている。
「奈月も食べたら?美味しいわよ、これ」
「……うん」
お母さんにバレないように、そっと溜め息をつく。その時、お父さんと目が合い、思わず笑いそうになる。お父さんも私と同じような顔をしている。
「で、どうなんだ?」
お父さんが再び質問を試みる。
「うん、楽しくやってるよ」
そうか、とお父さんが緩く息を吐く。その横からボリボリと音が聞こえてきて、クッキーがその存在を主張する。
「それで、卒業後の進路は考えているのか?」
「……それは、まだ」
「就職先で興味ある分野とかは?」
「……」
お父さん、と向かい側から声が聞こえる。気付けば、ボリボリという音は止んでいた。
「まだ3年生だし、今は楽しければいいんじゃない?」
「母さん。俺の時は2年生で進路決めてたぞ」
「それはあなただからでしょ。奈月はのんびり屋なんだし、もう少しゆっくりでいいわよ。ね?奈月だって、考えてないわけじゃないんでしょ?」
うん、と小さく頷く。
「なら、いいじゃない。ね、お父さん?」
「しかしだな……」
「お父さん、自分の子どもを信じなさい。大丈夫、奈月は私よりしっかりしてるから」
「それはそうだが……」
「あら。そこは否定してくれないのねー」
お母さんがいたずらっぽく笑う。
「さあ、この話はおしまい。それより、せっかくお父さん帰ってきてるんだから、みんなでどこか出かけましょうよ。どこがいい?」
「そうだな。奈月は、どこがいい?」
お父さんが優しい口調で尋ねてくれる。
「水族館がいいかな。新しくできたんだよ。イルカのショーもあるんだって」
「いいわね。あ、でも、お母さんお祭りにも行きたいかも。お城のお祭り、今年はいつだったかしら」
「えー、お祭り絶対混んでるよ。それに一日で両方行けるかなあ」
「俺はゴールデンウィークいっぱいこっちにいるし、日にちを分けて行けばいいだろう」
「あ、そっか。そうだよね」
「そうよ。お母さんだって一日で両方行こうだなんて思っちゃいないわよ?」
みんなでくすくす笑いあう。
「さ。そろそろご飯の準備するから、お父さんは先にお風呂入っちゃってね」
分かった、とお父さんが立ち上がる。
「奈月は宿題でもしてなさい。って、宿題なんかあるのかしら」
「ないけど、予習してくる」
「えらい、えらい。さすがお父さんの娘ね」
母さん、と隣の部屋から声がする。
「俺の服、どこに仕舞い込んでるんだ?」
「え?持ってきてるのがあるんでしょ?」
「荷物になるから、あまり持ってきてないんだよ」
「分かった、今行くわ」
お母さんが手を止めて、寝室へと向かう。
お母さん、と小さい声で呼び止める。ん?とお母さんが立ち止まる。
「さっきはありがとう」
「何のこと?」
お母さんはとぼけてみせて、ウインクを残して去って行った。




