再会の季節 その6
「ただいま」
「おかえり。遅かったね」
お母さんはダイニングテーブルに広げた大量の書類と格闘している。
「……ちょっとね。それよりお母さん、何やってるの?」
「もうすぐお父さん、帰ってくるでしょ。だから今のうちに整理しておこうと思って。お父さん宛の大事なものがあったらいけないし」
「そっか。もうそんな時期なんだね、早いなあ」
「そうよ。あんたの歳じゃまだそれほどだろうけど、お母さんくらいの歳になるとね、1年なんかあっという間よー」
お母さんが1枚1枚書類を手に取っては文面と睨めっこする。
「はあーっ。なんでこんなに溜まっちゃってるのかしら」
それはお母さんがこまめに整理してないからだよ、とは言えず。私は空いているスペースを見つけて、買ってきたものを広げていく。1つ1つスイーツの状態を確認していく。うん、大丈夫みたい。思いっきり走ったけれど、私の全速力ってたいしたことないのかも。なんか、複雑。
「あ!抹茶のあったのね!お昼前だけど、食べちゃおうかなー」
お母さんがこちらへ身を乗り出してくる。
「お母さん、後にしなよ。これ、冷やした方が美味しいやつだよ、絶対」
抹茶生チョコパフェ。買ってから時間も経っているし、冷やした方がいい。
「えー、楽しみに待ってたのに」
お母さんが大げさに溜め息をついてみせる。
「じゃあ、ほら。まだこっちのシフォンケーキにしたら?二人分買ってきたから、一緒に食べよう?」
「やった!ありがとう。そうね、パフェは冷たい方が美味しいもんね」
そう言いながら、まだ整理し終えていない書類の山をざっと避ける。私は残りのスイーツを冷蔵庫へ仕舞いに行く。
「はい、フォーク」
お母さんがにこにこしながら手渡してくる。
「ありがとう」
二人で向かい合い、カップのふたを外す。お母さんが大きめにフォークで切り分けたケーキを口へ運ぶ。
「美味しいわね、このケーキ」
「うん」
私も一口、パクリと食べる。イチゴの甘酸っぱさがほどよいアクセントになっていて美味しい。
ふと窓の方を見やると、さっきよりも陽射しが弱くなっている。予報通り、天気は下り坂らしい。
河野さん、もう練習終わってるかな。
河野さん。もう一度、心の中で繰り返してみる。
宮城さん。
まるで返事をするかのように、彼の声が響いてくる。
嘘みたいだ、もう一度会えるなんて。夢みたいだ、名前を教えてもらえるなんて。やっぱり、夢みたいだ。
奈月、と遠くで呼ぶ声の方へ視線を向ける。
「奈月、どうしたの?ケーキ、全然食べてないじゃない。好みじゃなかった?」
「ううん、美味しいよ。天気、悪そうだなあと思って」
「そうね。雨が降り出すまでに洗濯物取り込まないと」
お母さんはもう食べ終えてしまったケーキのカップを持って、台所へと消えていく。私も続きを食べ始める。早くしないと、今度はすぐにお昼ご飯の時間がやってくる。時の流れは私が思っているより早いし、待ってもくれない。
ケーキを食べ終えてから、一度自分の部屋に戻る。外出した時の恰好のままだったことに気付き、とりあえず部屋着に着替える。
なんか、今日はいろいろありすぎたな。
勉強机の椅子に完全に背中を預ける。ふーっと息を吐き出す。
なんとなく正面に目をやると、本立てにさしてある紺色の分厚い背表紙が目に留まる。日記帳だ。昔、書いてみようと思って買ったけれど、書くことがあまり思い浮かばなくて、数日で諦めてしまった。また書いてみようかな。そんな気分になって、手を伸ばす。でも、途中でその手を止める。
今日のことは書かなくていい。日記に書き綴らなくたって、忘れっこない。だって、今でもまだ彼の姿がはっきりと目に浮かぶ。それに、何度だってあの心地いい声が響いてくる。
夢の中でもいいから。また会いたい。
そう願いながら、そっと瞳を閉じた。




