表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの日満開の桜の下で 〜目が見えにくい彼との物語〜  作者: 綾瀬 桜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/56

動き出す季節 その3

 手紙を読み終えても、手が便箋を離そうとしなくて。彼の言葉を、何度も何度も心に刻む。もう、文字を読まなくても分かるほどに、何度も。溢れる涙で、便箋が濡れてしまわないようにしながら。

 ……こんなの、ずるいよ。

 やっと、便箋から手を離すことができて。涙を拭おうとしたけれど、体よりも先に。心が叫び始める。

 こんなに、私のことを見ていてくれたのなら。こんなに……想って、くれていたのなら。

 もっと、抱きしめてほしかった。もっと、触れてほしかった。もっと、もっと……

 でも、私がいけないんです。私がもっと早く、自分の気持ちに素直になれていれば。いつも、あなたの優しさを、ぬくもりを。もらうばかりで。最後の時でさえ、私からは何も言えなくて。ごめんなさい。

 私も。私だって。私の方が。

 あなたのことが、大好きです。

 ……今更、遅いですか?

 この気持ちを伝えたら、あなたはどんなふうに受け止めてくれますか?

 待ってたよ。

 そう言って、抱きしめてくれますか?


 込み上げる感情が、全て涙となって溢れ出す。両手で顔を覆っても。大声を出しても。止まる気がしない。

 どうしよう。河野さん。河野、さん……


 返事ちょうだい。その手紙の。待ってるから。


 彼の言葉が、また私を救い出す。

 待ってる。彼はきっと、いつまでも。絶対。……だから。

 伝えなくちゃ、私の気持ちを。私の言葉で。涙として流しきってしまう前に、早く。


 目をグイグイと力強く擦る。パン、パンッ、と両手で頬を叩く。……そこまではよかった。でも。

 どうやって、伝えよう。

 メール、じゃ駄目だ。手紙、はどうやって届けるの。

 大きく溜め息をついてから、手紙に目を向ける。……ん?

 封筒から、小さな紙がちょこんとはみ出している。そっと、引っ張り出してみる。

 えっ。

 そこには、彼の電話番号と住所が書かれていた。その紙を、思わずグッと握りしめる。

 本当に、あなたって人は。

 優しすぎます!!

 気付いたら、目につく荷物を引っ掴んで、部屋を飛び出していた。


「ちょっと、奈月? そんなに急いでどう……」

「ごめんっ! 行ってくる!」

「どこに?」

 お母さんの言葉には答えずに、扉を勢いよく開ける。

 バタンッ。

 背中でその音を聞き終える前に、勢いよく地面を蹴り上げる。

 息が苦しくても。後ろから追い越してきた車が、砂埃を派手に撒き散らしても。向かいから歩いてきたおじさんが、私を見て目をガッと見開いていても。

 全力で腕を振って、全力で足を上げる。

 そのままの勢いで駅の階段を駆け上がり、発車寸前の電車に飛び乗る。


「わぁ! あのお姉ちゃん、どうしたのー?」

「こらっ。指差しちゃ駄目!」

 そんな会話が、自分の荒々しい息にかき消されそうになりながら聞こえてくる。周囲からも、冷ややかな視線を感じる。

 状況を把握すると、頬が勝手にみるみると赤くなる。その場に居づらくなって、息を整えながら隣の車両へと歩き出す。


 ……あ。

 落ち着ける席を見つけると、急に頭が冷静に回り始める。

 最寄り駅って、どこなのだろう。お金、足りるかな。お母さん、心配してるかな……

 あーーーっ!!

 さすがにまずいよね。彼に連絡せずに会いに行くのは。

 自分の無謀さ加減に呆れながら、携帯を取り出す。


 今日、やっと手紙を読みました。すみません。今から会いに行きます。返事を、する為に。


 メールを送信して、携帯を閉じる。……なんて、言われるかな。

 遅いよ、とか? いや。

 わざわざ来てくれなくても、とか。電話でも十分だったよ、とか。そう言って、また大人びた対応をするんだ、きっと。

 でも、それなら私は。

 あんなラブレターをくれたあなたのせいです、って言ってやる。……言える、かな?

 気持ちと自信のバランスを取れないまま、窓の外に視線を移す。

 ……綺麗。

 瀬戸内海はどこまでも青く澄んでいて。きらめく光に包まれている。

 あんなに見慣れていた景色が、こんなにも違って見える日が来るなんて。

 私を運ぶ電車は、どんどんとスピードを増していく。彼の元へと。輝く太陽の光を浴びながら、どこまでも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ