動き出す季節 その2
封筒から便箋を取り出すと、そこには文字がびっしりと綴られていた。初めて見る彼の文字は、一目見るだけで、その丁寧さが伝わってくる。
ごめんなさい。
内容を読み始める前から、涙がにじむ。
どうして、もっと早く、開くことができなかったのだろう。
思わず、唇を噛む。今日までの自分を、許すことができない。……だからこそ。
今、目の前にある彼の言葉を、ちゃんと受け取ろう。一つ残らず。
便箋を握る手に力を込めて、読み始める。
宮城 奈月 様
まず、君に一つだけ、謝らなくちゃいけないことがある。君は、あの日。初めて会った日のことを、覚えているかな。
あの時。僕は、君の携帯のストラップを見て、「知り合いが同じのを持っている」と言ったんだけれど。あれ、嘘なんだ。ごめんね。
えーーーっ!?
予想外の告白に、さっきまでにじんでいた涙はヒュンッと引っ込んだ。
どういうことですか!? 続きを、読む。
でも、弁解をさせてほしい。僕だって、普段から嘘をつくわけじゃない。ただ、あの時は仕方がなかったんだ。どうしても、君に声をかけたくて。離すきっかけを探していたら、ストラップが目に止まったんだ。だから、つい。
たぶん君は、「どうして、そこまで、わざわざ」と思うだろう。だから、今回ははっきりと答えを教えるね。
……すごい、本当にその通りだ。思わず、うんうんと、大きく頷く。
君の立ち姿が。春の暖かい風になびく、サラサラな髪が。桜を見上げて微笑む、その横顔が。とても、綺麗だったんだ。咲き誇る桜よりも、ずっと。
あぁ、一目惚れってこうやってするんだな、って初めて知ったよ。
バサッ。
便箋が、手から滑り落ちる。頭がうなされるほどの熱が、身体中を駆け巡る。
再び便箋を掴むけれど、掴んだ感覚は、ない。
君にどう映っていたかは分からないけれど、緊張していたんだよ、僕。でも、勇気を出して、話しかけてみてよかったなと思った。話しやすくて、可愛い感じの女の子だなって印象だった。
……知らなかった。あの大人びた様子の彼が、緊張していたなんて。
それでさ、もう会えることなんてないだろうと思っていたのに。あの日、君と再会した時は驚いた。君らしき人が横を通り過ぎていった時。もしかして、と思ったけれど、声はかけられなくて。どんなに悔んだか。それなのに、君ときたら。
全速力で戻ってくるんだもんね。音だけで、すごい勢いだと分かったよ。そして、声の主が君だと気付いた時、僕の心臓は爆発しそうだった。
しかも、僕の名前まで覚えていてくれて。嬉しかったけど、驚きすぎて。君が必死に説明してくれてるのに、なかなか声を出せなくてごめん。
私の知らない彼が、そこにはいて。驚きと切なさが、心の中で入り混じる。
それから。少しずつ、君と関わるようになって。君という女性を知っていって。君のいいところ、たくさん見つけたよ。純粋で、どんな些細なことにも全力で。ずっと、見ていたくなった。一番近くで。そして、何より。
僕を、僕として。目が見えにくい哀れな人ではなく、一人の男として。接してくれたことが、嬉しかった。
だから、僕は男として。一目惚れした年下の女の子の前で、大人な男性の姿を見せたかった。決して、君を子ども扱いしているわけじゃないよ? 僕が、かっこつけたかっただけだから。でも、まぁ、そう思うようにはいかないね。
……いいえ。あなたはいつだって、素敵な大人の男性でした。
君は、自分に対する評価が低すぎる時があったね。どうして、そんなに自信が持てないのかな、って時々。いや、かなり。心配になったよ。その上、他の人の気持ちを優先しすぎる時もあるし。そこは少し、見ていてつらかったな。
……すみません。思わず、頭を下げる。
もし、一つだけわがままを許してくれるなら。
君が今後、自信が持てなくて、立ち止まる時。僕のことを思い出してほしい。こんなにも私を愛している人がいるなら大丈夫、私は素敵な女の子なんだ、って思ってほしい。駄目、かな?
その答えは、すぐには出せそうにないです。
長くなってしまったけれど、最後に。僕はやっぱり目が見えにくいから。他の人ほど、ちゃんとは見えていないけど。でも。
自分が綺麗だと感じたものを、素直に綺麗だと言えるうちに。君に出会えて、本当に、本当によかった。君と過ごせた時間は、僕にとって、一生の宝物です。
それでは、お元気で。来年も、桜が綺麗に咲くといいね。
河野 圭太郎




