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あの日満開の桜の下で 〜目が見えにくい彼との物語〜  作者: 綾瀬 桜


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訪れてしまった秋 その2

 どれくらい、そうしていたのだろう。ぐっしょりと濡れたスカートが冷たい風にさらされて、肌寒い。

「……ごめん。服、濡らしちゃって」

 彼がゆっくりと体を離して、肩の辺りにそっと触れる。

「いえ……私こそ、すみません」

「何が?」

「話の途中、だったのに……」

 俯いていると、また涙がこぼれそうになる。ギュッと目を強く閉じて、涙を奥へと追いやる。

「続き、を……」

「じゃあ、少しだけ」

 彼が、絵本の話を語りかけるような穏やかさで、続ける。

「僕が言いたかったのは」

 彼の手が、私の頬にそっと添えられる。指先が、頬を優しく撫でる。

「できる限り、楽しい時間を過ごしたい。君と」

 ゆっくりと彼を見上げると、まだうっすらと涙をにじませた笑顔が、そこにあった。

「もう、十分泣いたよ。だから……ね?」

「はい……」

 彼の言葉が、ぬくもりが。空気に溶け込んでしまう前に。全て、私の元へ。

「奈月……ちゃん」

 そっと目を閉じて、一ミリも残さず取り込む。風がスーッと吹いてくるけれど、邪魔なんか、させない。

「……今」

 また、彼の言葉が、私の元へ。

「目、閉じられると、困っちゃうよ。さすがに」

「……え?」

 目を開いて、パチパチと瞬きをする。

「僕だって、いっぱいいっぱいだからさ」

「すみ、ません……」

 静かに立ち上がる彼を、ぼんやりと眺める。

「あ、今のは、分かってない時の声だ」

 杖を拾い上げた彼が、こちらに向き直る。

「そんなっ」

「じゃあ……説明、してみる?」

「えっ!? えっと……」

「やっぱり、いい」

「どうして」

「だって今、正解以外、聞きたくない気分」

「えーーーっ!」

「ほら、正解できる自信、ないじゃん」

「……っ」

 彼がいつも通りの穏やかな笑顔と共に、手を差し出す。

「そろそろ行こう。冷えてきたから」

「……はい」

 あとどれくらい、この手を握ることができるのだろう。

 切なさを胸に抱いて見上げた空には、もう夜の気配がにじみ出ていた。

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