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あの日満開の桜の下で 〜目が見えにくい彼との物語〜  作者: 綾瀬 桜


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進んでいく夏 その3

 窓から見渡せる青く澄んだ海が、昼下がりの日光を反射して、眩しい光の粒を無数に散りばめている。遠くに船が見えていたけれど、いつの間にか光の向こうへと消えてしまった。


「お待たせしました」

 エプロン姿のお姉さんがデザートを運んできてくれる。

「あ、パフェがこっちです」

 彼がお姉さんに優しく笑いかける。

「失礼いたしました。ごゆっくりどうぞ」

 お姉さんがぺこりと頭を下げてから歩き出す。

「……やっぱり変かな、大の男がこれは」

「いえっ!全然っ!甘い物は美味しいですから、誰にだって食べる権利が……」

 プッと、彼が小さく吹き出す。

「本当に、君って子は」

「すっ、すみません……」

「いや。君は謝ることしてないよ。さぁ、食べよう」

 彼がパフェに刺さっている細長いクッキーを手でつまんで口に運ぶ。パリッと軽やかな音と共に、口の中へと消えていく。ただそれだけ、のはずなのに。彼の指先が。唇が。私の心を遠くへ連れ去ってしまう。

「ん? 食べないの?」

「えっ……た、食べますっ!」

 彼の言葉で、心が急いで戻ってくる。店内は十分涼しいのに、スプーンを掴む手には汗がにじんでいた。

「そういえば、大学の課題は進んでる?」

 彼がバニラアイスをスプーンですくいながら尋ねる。

「はい。元々、そんなに課題出されてないので」

 私もチョコプリンをすくいながら答える。

「そっか。なら、よかった」

「え?」

「君、僕の誘い断らないから。忙しいのに無理してたらって」

「そんなっ!」

「ごめん。君も大学生だもんね」

「いえ!私がいけないんです……子どもっぽい、から」

「そんなこと、ない」

 彼の言葉を最後に、会話が止まる。スプーンと食器がぶつかる音が二人の間で虚しく響く。

 ……彼にとって、私って何だろう。

 今まで深く考えてこなかった自分に嫌気がさす。いつもいつも、心が溶けてしまいそうな熱に耐えるのに必死で。……どうしてなの。

「……私って、何ですか」

「え?」

「河野さんにとって、何、ですか……っ」

 不安の荒波に負けてしまった心が、悲鳴を上げるように言葉を吐き捨てる。

 こんなふうに、言いたいわけじゃなかったのに。

 目の前は一気にぼやける。彼も。自分も。何もかもが涙の渦にのまれて見えなくなってしまう。

「……分からない、んだよね?」

 彼のか細い声が、渦の中から聞こえてくる。

「分かりっ、ま、せん……」

 助けを求めるように、必死に渦の中でもがく。

「だって、水族館だって、私のわがままだった……いつもっ、優しくて……嬉しい、けどっ、でも」

「大丈夫だから」

 彼が立ち上がって、涙でびしょびしょになった手をそっと握る。

「水族館のことはわがままだと思わないよ。それに、わがままだって、言ってもいいんだよ」

「……え?」

 思いもよらない言葉に、ゆっくりと彼の方を見る。すると、彼が大きく頷いて、手をギュッと握る。

「僕にとって、君はそういう人だよ」

「……」

「君がわがままを言うことが負担になってしまうのなら」

 彼が紙ナプキンで優しく涙を拭ってくれる。

「僕から一つ、先にわがままを言わせてもらう」

 彼が新しい紙ナプキンを差し出す。受け取って、ゆっくりと涙を拭う。

「……呼び方、変えたい」

「え?」

 驚いて、動き始めたばかりの手が止まる。

「宮城さん、ではなくて。……奈月、とか」

「むっ、無理ですっ!!」

 どこから出たんだ、こんな力強い声。思わず、手で口を押さえる。

「だよね」

 彼がうっすらと苦笑いを浮かべる。

「なら、奈月ちゃん。これ以上は譲れない」

「……」

「いい、よね?」

 彼の笑顔が窓から差し込む日光に照らされて、いつも以上にキラキラと輝いている。

「……はい」

 決して、その笑顔に負けたとか、そんな単純な話じゃない。私の中にずっとあった感情のつぼみが、一段と大きくなるのを感じたから。

 食べかけのプリンも。溶けてしまっているパフェのアイスも。全てが明るい色味を帯びて、眩しい光の中へと溶け込んでいった。

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