進んで行く夏 その1
改札からブワッと溢れる人の波。この中からたった一人を見つけ出す? そんなことができるだろうか。キャリーケースに、麦わら帽子。ベビーカーで泣き叫ぶ赤ちゃん。目を凝らせば凝らすほど、彼女とは関係ない情報が目に飛び込んでくる。軽い目眩を覚える。
「奈月!」
美幸がブンブンと手を大きく振ってから、こちらへ駆けてくる。
……よかった。ホッと息をつく。
「お疲れ。ここまで遠かったでしょ」
「まぁね。でも、瀬戸内海、綺麗だったよー」
美幸が無邪気な笑顔を見せてから、サッと身だしなみを整える。
「さ、早くご飯食べに行こう! お腹空いちゃった」
「うん」
二人で駅を出ていく。道を知らないはずの彼女が一歩先を歩く。
……いいなあ。
瑞々しい彼女の肌をぼんやりと眺めながら、歩き続ける。
「やっぱり美味しいよね、ここの」
美幸が骨付鳥をガブリと一口かじる。
「うん」
私は切り込みを入れてもらったお肉をお箸で取り分けてから口に運ぶ。
「あ、写真撮るの忘れちゃった。食べさしだけrど、撮ろうかな」
彼女はクスクスと笑いながらスマホを取り出す。
「私も。そっちのよりはマシかも」
私も笑いながら携帯を取り出す。
「たしかにねー。こっちなんか、歯形くっきりだもん」
「でも、いかにも美味しく食べてますって感じ出てるよ」
二人で写真を撮りながら、笑い合う。
「あ、奈月。それ、くじで当てたやつだよね」
彼女が私の携帯にぶら下がっているクマを指さす。
「うん。あ、ウサギはポシェットにつけてるよ」
「やっぱり可愛いよねー。もう一個は?」
何気ない質問なのに、パッと言葉が出てこない。
「えっと、もう一個は……」
携帯を握りしめたまま、固まってしまう。クマと目が合う。しばらく見つめてから、小さく頷く。
「あげたんだ。……か、彼にっ」
言い終わらないうちに、目をギュッと閉じる。
「そっか。よかったじゃん」
「え?」
目を開けてみると、彼女がにっこりと笑っている。
「一歩前進、だね」
「そっ、そう、かな?」
「そうそう」
彼女が大きく頷いてみせる。
「いいなー。私も恋したい」
「み、美幸はっ、モテるじゃんっ! 手紙とか、よくもらってるし……」
「もらうのは嬉しいけど、みんなタイプじゃないんだよね」
彼女が豪快に鶏肉にかぶりつく。
「私はもっとこう、スリルを与えてくれる人がいいの」
油でテカテカと光る唇が、怪しげな笑みを作る。
「そっ、そうなんだ……」
私は慌ててお肉を口に放り込む。油がビュッと口からこぼれてしまうのを、紙ナプキンでなんとか拭った。




