眩しすぎる夏 その4
電車を降りると、乾いた向かい風が容赦なく私たちを襲う。髪は乱れ、スカートがバタバタと暴れる。腕で前方をガードしながら、視線を横に移す。彼も力強く杖を握って、風に耐えながら歩いている。
「あのっ」
スカートを押さえながら、話しかける。声も風に負けてしまいそうだ。
「あのっ、どこへ行くんですかっ?」
「すぐそこの、ショッピングモールですっ。風、すごい、ですねっ」
「はいっ!」
目の前に見えているのに、なかなか辿り着けない。さっきまではなんともなかったのに。何故だろう、胸がひどくざわつく。強風にあてられて、背中までゾクゾクしていた。
「やっと、着きましたね」
彼が小さく息をつく。
「はい。風、びっくりしましたね」
私もつられて息をつく。
「あの、どこのお店に行きますか?」
「宮城さんは、どこか気になるお店とか、ありますか?」
「えっ。えっと・・・えーっと・・・」
急すぎて、何も思いつかない。勝手に瞬きが速くなる。
「特に希望がなければ、僕の行きたい所で」
「は、はいっ!それでお願いしますっ!」
彼はクスッと笑いながら、こくりと頷いた。
少し先を歩く彼についていく。背筋をピンと伸ばして迷いなく歩くその後ろ姿は、見失いようがない。ただひたすらに、彼が導く方へと歩いていく。どこまででも、ついていく。
「着きました」
彼が足を止めて、こちらを振り向く。
「・・・」
えっ。・・・映画館?
止めた足が、微かに震える。
「宮城さんは、どういうジャンルが好きですか?」
彼が優しく尋ねてくれるけれど、口が、開いてくれない。
「宮城さん?」
彼が一歩、近づく。私は、慌てて視線を逸らす。
「・・・どうしたの?」
「・・・」
彼が顔を覗き込んでくる。思わず、目をギュッと閉じる。
「・・・いけませんか」
頭上から、普段よりも低い声が聞こえてくる。背中がビクッとなる。
「目が見えにくい人が、映画を観るのは、おかしいですか」
吐き捨てられたその言葉が、鋭い矢となって、私の胸に突き刺さる。
「・・・君は、そんなふうに考えない人だと思ってた」
彼のキッと細められた目から、氷のように冷たい視線が注がれる。背中がゾクッとして、全身に鳥肌が立つ。
「・・・君も、そうなのか」
彼と私の間に、分厚い氷の壁ができる。吹雪の中に、一人取り残される私。重圧で心臓が押しつぶされそう。息苦しさに、喉の辺りを押さえる。視界はぐしゃぐしゃになって、彼の姿なんか見えるはずもない。
ごめんなさい。
声にならない声が、身体中にワンワンと響き渡る。滝のように流れ出した涙が、全身の水分を奪い去っていく。
「僕は、ただ」
耳鳴りをくぐり抜けて、微かに届いた、穏やかな声。
「映画デートをしてみたかった、君と」
彼の手がゆっくりと伸びてくるのを、ぼんやりとした視界で認識する。その途端、ブワッと涙の固まりがこぼれ落ちる。
「こんな顔、させるつもりはなかった」
切なさを帯びた声が届くのと同時に、彼の手がそっと私の頬に触れる。涙のせいで、温度を上手く感知できない。それでも、たしかにそこに、彼はいる。
「ごめ・・・なさっ」
「いい」
「ごめ・・・」
「もう、いいから」
彼が指で涙を拭っていく。
「僕が、悪い」
「ちがっ」
「話はちゃんとする。だから、泣き止んで・・・頼むから」
「・・・」
困らせたくない。そう思えば思うほど、勢いを増して涙が流れる。私はただただ、身体中の水分が尽き果てるのを待つしかできなかった。




