眩しすぎる夏 その3
乗客を待ち続けるタクシーの列。置き去りにされた自転車たち。あちこちへ思うままに向かう人の群れ。そんな膨大すぎる数の気配が存在する駅で、私はさっきからウロウロと歩き回っている。動いているせいだろうか、いつも以上に汗が噴き出す。息苦しささえ感じてしまう。時計を見ると、待ち合わせまではあと30分ほど時間がある。
どこで待っていればいいのだろう。こんな場所で、本当に彼と合流できるのだろうか。高揚している時とは違った胸の鼓動が、どうにも治らない。上手く力を込められない手で、なんとか携帯を操作する。
駅のどの辺りで待っていればいいですか?とメールを送ると、すぐさま返信が届く。
切符売り場の近くにある柱の前で待っています。気をつけてお越しください。
え!?
手から滑り落ちた携帯を、慌てて両手でキャッチする。もう一度画面を見つめて、文章を読み返す。急いで携帯を仕舞い、乱れた呼吸を必死に整える。足の向きを変えて、前を見据える。その先にいるはずの彼を目指して。
せーのっ!
心の中で合図をして、力強く踏み込む。誰かの肩にぶつかりそうになるのをなんとか避ける。タタタタッ、と自分の足音だけがはっきりと耳に届く。いつになっても開けない視界の中、がむしゃらにゴールを目指す。
いた!
人の波の僅かな隙間から、彼の姿を捉える。見失わないように、目を大きく見開く。瞬きすら許さない。
「河野さんっ!!」
前のめりになりながら、彼の前で足にブレーキをかける。弾む息はやかんから噴き出す湯気のように熱い。肩が勝手に大きく上下して、クールダウンを急がせる。
「大丈夫?飲み物でも買ってこようか?」
そう言われて、左右に手を振る。口からは息しか出てこない。
「ゆっくりで、いいよ」
「・・・」
彼の優しい眼差しを頭上に感じる。それだけで、体がゆっくりとほぐれていく。触れてもいないのに、温かいものが身体中に流れていく。
「すみ・・・ませんっ。お・・・お待たせ、してっ」
私の声は、どんなふうに彼へと届くのだろう。
「いえいえ。それより、もう大丈夫ですか?」
「はい・・・」
「まだ時間より前ですよ。急がなくても、よかったのに」
「でっ、でも・・・」
いいのかな、言っても。ゴクリ、と唾を飲む。
「河野さん、だって・・・早いじゃ、ないですか」
ちらりと彼の様子を伺うと、彼はクスクスと笑っていた。
「僕はいいんですよ。こちらから誘っておいて、君を待たせるわけにはいきません」
「そんなっ!私、いくらでも待ちますっ!!」
「・・・また、そんなこと言ってる」
彼が一歩近づき、そっと私の手を取る。熱すぎる彼の体温に、体がビクッと飛び跳ねる。彼の熱が私を侵しながら、手の輪郭をくっきりと刻んでいく。
「さらっちゃうよ、本当に」
「・・・」
熱の固まりが私を一瞬で射抜く。さっき刻まれたばかりの手の輪郭は、ドロドロに溶けて消え去ってしまった。
「・・・さぁ、行きましょう」
彼が今度はそっと手を離す。されるまま、私の手は力無くぶらりと垂れ下がる。彼が歩き始めても、私の体は地面に接着されたように動かない。体にこもった熱が、行く宛を失くして身体中を彷徨う。
「宮城さん?」
彼が振り向く。不思議そうな顔で。彼だって、そうだったくせに。私は動かずに、少しむくれてみせる。
「どうか、しましたか?」
今度は心配そうな顔をしながら、こちらへ戻ってくる。
「・・・なんでも、ないです」
心の中で白旗を上げてから、一歩を踏み出す。彼が横に並んで歩き出す。手を伸ばせば、届く距離。それでも、お互いの手は触れ合うこともなく、ゆらゆらと揺れて、生ぬるい風を起こすだけだった。




