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眩しすぎる夏 その2

 街がどっぷりと闇に浸かり、まん丸な月がじっと見守っている。動き疲れた動物たちが眠りにつき、ささやかな風がこっそりと木の葉を揺らす。そんなひっそりとした夜。私は部屋を忍足で抜け出し、リビングをこっそりと覗き見る。お母さんは頬杖をつきながら、ペラペラと雑誌をめくっている。パリパリ、とポテトチップスが軽快なリズムを小さく響かせている。

「お母さん」

 ゆっくりと歩み寄り、なるべく落ち着いたトーンで話しかける。

「ん?」

 彼女は雑誌から顔を上げずに返事をする。

「ちょっと、お願い、があるんだけど・・・」」

「なぁに?」

「・・・」

 パリパリ。その音が耳をざわつかせて、タイミングを掴みかねる。次の、ペラッという音を合図に続きを切り出す。

「お小遣い、少し、お、多めに・・・もらえ、ないかな。今月だけ」

 言い終わると、一斉に音が鳴り止む。風の音さえ聞こえない。喉の奥で微かにつばが詰まる。

「どうして?」

 お母さんがくるっとこちらを向く。目を大きく見開いて、私の顔をまじまじと見る。

「えっと・・・そのっ。なんというか・・・」

 ちゃんと言うはずだった言葉が、さっきのつばにせき止められて、出てきてくれない。

「なぁに?変なもの買うなら、あげないわよ」

「いやっ!そんなんじゃ・・・」

「じゃあ何?まさか、デート?」

「・・・」

 反応できずに、その場に立ち尽くす。目が勝手に泳ぐ。

「・・・う、うん」

「えっ!!ほんとに!?」

 こくりと小さく頷くと、キャッ!と女子高生みたいな叫びが聞こえてくる。反射的に、体温が急上昇して、湯気がバッと吹き出す。

「あらっ!まぁ!それならそうと言ってよね!もうっ」

 ベシベシッ、とお母さんが私の腕を叩く。あまりの力強さに、足がよろける。

「待ってて。お金、渡すから」

 彼女はワルツを踊るような足取りで、リビングを出ていく。お菓子や雑誌と一緒ょに取り残された私は、ポカンと口を開けた状態で固まる。まるで電池切れのおもちゃみたいに。


「はい。これで足りる?」

 戻ってきたお母さんが、こちらの状況なんかお構いなしに封筒を差し出す。私が受け取れずにいると、無理やり封筒を掴ませる。そこでやっと、私も動き出す。

「・・・こんなに、いいの?」

「何言ってるの!デートって言ったらあんた、いろいろ要るのよ」

「そ、そうなの?」

「そうよー!ご飯代でしょ、交通費でしょ、それから・・・」

 お母さんが指を折りながら次々と列挙していく。指の動きを目で追っていると、頭がクラクラしてくる。危うく、封筒を落としそうになる。

「・・・ありがとう。でも、余ったら返すね」

「いいわよ。次にとっときなさい」

 次。その言葉を聞くまで、そんなことを考えもしなかった。次、か・・・。想像するだけで胸が熱くなる。バッテリーが満タンになったかのように、心臓が元気に動き出す。

「で?相手は誰なの?どんな人ー?」

 お母さんが肘でグイグイ押してくる。とにかくパワフルで、足の踏ん張りを緩めることは一瞬たりともできない。

「あ!もしかして、この前の人ー?」

「えっ!?」

「ほら。いつだったか、部屋中に服散らかして悩んでたじゃない。あの時の」

「・・・」

 今度は、えっ、という声すら出ない。すごい勢いで吐いた息が、音にもならずに飛んでいく。

「やーっぱり、そうね」

 お母さんがニーッと歯を見せて笑う。子どもみたいに無邪気だ。

「ま、とにかく。楽しんでらっしゃい」

 そう言って、ポンと軽く背中を叩いてくれる。

「ありがとう、お母さん」

 私は背筋をピンと伸ばしてから、リビングを後にする。

 あ!とお母さんの声が追いかけてくる。

「お土産は、いらないからねー」

「・・・うん」

 それはどちらの意味なのか。本気で頭を抱えながら部屋へと戻る。


 封筒をそっと引き出しに仕舞い、シャッとカーテンを開けてみる。満月が明るく照らす街は、いつもの夜より寂しさが和らいでいた。

 あっ。空を見上げてハッと思いつく。机に置きっぱなしの携帯を掴みさり、慌てててるてる坊主の作り方を検索する。

 引き出しの中をガサガサと漁る私は月明かりにしっかりと照らされて、丸見えになっている。そんな私をケラケラと笑うように、無数の星たちがキラキラと瞬いていた。

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