立ち止まらせる雨 その4
「ちょっと。なんであんた濡れてるの?傘、持ってたでしょ」
お母さんが呆れながらも、タオルを持ってきてくれる。
「なんか、急に降ってきちゃって」
必要もない嘘をつく。タオルを受け取る手が、微かに震える。
「・・・まぁ、いいわ。さっさとお風呂入っちゃいなさい」
「・・・はーい」
彼女がこちらに背を向けて歩いていくのを、見えなくなるまでじーっと見送る。
「そうそう。はい、これ」
お風呂からあがってリビングで麦茶を飲んでいると、お母さんが横から、四角いものを差し出してくる。仕方なく、空いている方の手で探りながら受け取る。
「お父さんから」
「・・・、いつ来たの?」
麦茶を飲み干して、手元を見る。白い封筒にお父さんの丁寧な文字が綴られている。
「昨日、だったかしら」
「えー、だったら早くちょうだいよ」
「ごめん、ごめん。お母さんの読んで、そのまま忘れちゃったー」
それ以上言い返す元気もなく、小さく溜め息をつく。
「返事書くならハガキ、あるわよ」
「いい。自分の使うから」
そう言って、さっさと自分の部屋へと向かう。置き去りにされたコップが、雨上がりの空から漏れる淡い光を反射して、鈍く光っていた。
机に向かい、封筒を破かないように慎重に開封する。二つ折りにされた便箋を開き、読み始める。鼓動が速くなっていくのを感じながら。
奈月へ
さっそく手紙をありがとう。父さんも同僚たちとあれやこれやと言い合いながら、元気にやっています。仕事帰りに、よくお好み焼き屋へ連れて行かれます。次に奈月と会えるまでに太っていないか心配になります。
お父さん、外ではそんな感じなんだ。思わずクスッと笑う。
ところで、この前は進路のことで少し言い過ぎたと思っています。母さんの言う通り、奈月は奈月のペースでやればいい。少しでも考えてくれてるなら、それでいい。ただ、一人で考えられない時や、何かに立ち止まってしまう時は、相談しなさい。父さんにできることがあれば、力を貸すから。
・・・お父さん。
今度はじんわりと胸が温かくなる。うっすらと、涙がにじむ。
読み終えた手紙をそっと元に戻して、机に置く。背中を椅子に預けて、ゆっくりと目を閉じる。甲高い鳥の鳴き声が、車や風の音をすり抜けて、はっきりと耳に届く。
かけひきは必要なことだよ。
マスターの言葉を思い出す。たしかに、かけひきをできる人は自分の思うように物事を上手く運べるのかもしれない。・・・でも。
やっぱり私にはできそうにない。だっt、小さな嘘をつくことさえままならない。私は、私のペースで進めていけばいいんだ。進路も。彼のことも。・・・そう、だよね。お父さん。
そっと目を開けると、すっかり晴れた空からまばゆい光が降り注いでいる。お父さんの文字が、その光に照らされて、キラッと浮かび上がっているように見えた。




