立ち止まらせる雨 その2
次の日になっても、雨は容赦なく地面をぐちゃぐちゃに荒らしていた。猛スピードで走るバイクが、追い越しざまに私のスニーカーを泥水で汚していく。避けきれない水たまりの上を歩く度に、靴下の中までぐしょぐしょになる。抗えない運命に途方に暮れながらも、仕方なく歩みを進める。
大学に着くと、ピンク色の傘を折りたたむ。気分が上がるかなと思って使っているけれど、色1つではたいして効果はないみたい。
カフェスペースに入ると、外から避難してきた学生たちでひしめき合っていた。いつもの席の辺りに、美幸の姿はない。
「奈月ー。こっち、こっち」
キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると、彼女が軽く手を挙げている。その姿を視界に捉えた瞬間。世界が急にモノクロになって、目の前が瞬きよりも速い勢いでチカチカし始める。
マスター。そう言いながら軽く手を挙げる、あの日の、彼。
・・・どうして、今、思い出してしまうの?ゾワッと胸がざわつく。
「雨、すごかったでしょ」
「・・・う、ん」
顔が引きつって、上手く答えられない。
「・・・奈月?」
美幸がこちらまでやってくる。
「どうしたの?体調、悪い?」
「・・・」
「とりあえず、座ろ。ね?」
彼女は椅子を引いて、立ち尽くす私をゆっくりと誘導してくれる。彼女に手を引かれるまま、力なく椅子に座る。
「・・・話したくなったら、声かけて」
それだけ言うと、彼女は向かいの席でカリカリッと音を立て始める。たぶん、ペンの音だろう。今日は本読まないんだなあ、とぼんやりとした頭の隅で思う。
どれくらいの時間が経ったのだろう。遠くで何度かチャイムの音が聞こえた気がする。やっと視界がはっきりとしてきて、美幸はレポートを書いているのだと分かる。
「あの、ね・・・」
ひどく掠れた声だったのに、カリカリッという音が一瞬でピタリと止まる。
「仮の、話なんだけど・・・」
「うん」
「私、のことじゃ、なくって」
「うん」
美幸がまっすぐこちらを見つめる。私は目が泳いでいるのを知られたくなくて、うつ向く。
「もし・・・気になる、ひと、がいるとして。自分、が、その人・・・に。その人に、相手にされてな、い・・・としたら。・・・どう、する?」
・・・答えなんて、あるのかな。でも。
このままだと、濁流の渦に閉じ込められたままになってしまう、永遠に。
「・・・」
美幸のまっすぐな視線を感じるけれど、顔を上げることは、できない。
「・・・諦めるな」
「・・・え?」
「全力であたって、全力で砕けろ」
「・・・」
気付いたら顔を上げて、彼女をじーっと見つめていた。
「全力で砕けたら。私が1つ残らず拾ってあげるから」
「・・・な、に。それ・・・」
自分でも分かるくらい、バチバチと激しく瞬きをする。
「って、この前の小説に書いてあった」
「はぁ・・・」
何が、言いたいのだろう。
「私も、そう思うから。人生、一度きりなんだし」
うんうん、と彼女が一人で頷いている。
「美幸・・・」
グーッ、と体の下の方から魔の抜けた音が聞こえる。
「・・・なんか、お腹、空いちゃった・・・みたい」
「私もー。じゃあさ、授業なんかもういいから、なんか甘いもん、食べに行こっ」
彼女が眩しい笑顔で、ポーンッと勢いよく立ち上がる。
「・・・うん」
私も、ゆっくりと立ち上がる。外から聞こえてくる雨音は随分と小さくなっている。気付くと、人はまばらになっている。窓の外では、色とりどりの傘が忙しなく動いていた。




