待ち侘びた季節 その3
頬に自分の手のひらを押し当ててみる。よし、大丈夫。火照りはだいぶ治まっている。出口へと足早に向かう。窓ガラス越しに日光がたっぷりと降り注ぎ、まだ午前中だというのに、つい目を細めてしまうほど眩しい。
自動ドアの前に立つと、高らかに鳴る軽快なメロディーと共にドアが開く。もわっとした暑すぎる空気が立ち込める。
外に出て、彼が言っていた辺りを見回す。・・・いた。
駐車スペースの少し奥。人通りが少ない端っこに彼を見つけて、息を呑む。
携帯に視線を落とす彼。うつ向き加減な横顔。風になびく髪。携帯を操作する滑らかな手つき。親指が動く度にキラッキラッと光る爪。汗一つかいていない白い肌。その涼しげな佇まいが、彼の周りにだけ暑さを遮る透明な壁があるのかと錯覚させる。
意を決して、少しずつ近づいていく。手提げ袋が揺れる音。スニーカーがアスファルトに擦り付けられる音。やってきた車が駐車する音。耳に届く全ての音が、敏感になりすぎた私の神経を逆撫でる。
「お待たせ、しました」
なるべく感情を乗せないように、単調な声で話しかける。
「いえ、全然」
私に気付いた彼がパタンと携帯を閉じる。前は新品みたいなピカピカさに気を取られていたけれど、彼の黒い携帯にはストラップが付いていない。どことなく、寂しい気がした。
「ここには、よく来るんですか?」
声が震えないように、神経を集中させる。
「ええ。家の近くに他のコンビニもありますが、来やすいんです。こちらの方が」
彼の視線が動く。その視線を追った先には、コンビニの入り口がある。人が出入りする度に、聞き慣れたメロディーが流れてくる。
・・・あ。
「どこのお店にもあるわけじゃないですよね、音」
「そうなんですよ」
うん、うん、と彼が大きく頷く。
「宮城さんも、よくここへ?」
「は、はいっ」
不意打ちで名前を呼ばれて、集中力が途切れてしまう。
「そそっ、そういえば・・・メロンパン、お好きなんですね」
話題を見つける為に、微かな記憶を手繰り寄せる。
「まぁ・・・。大の男が、変、ですよね」
彼が気まずそうな表情を浮かべる。
「いえっ!そんな・・・っ、滅相もないっ!です・・・」
困らせるつもりは全くなかったのに。・・・失敗した。途方もない悲しみに暮れる。
プッ。
・・・え?
彼が小さく吹き出して、ケラケラと笑う。
「・・・君の、そういうところ、いいと思う」
「・・・」
えーーっ!?
内心ではドギマギしている。今、「君」って呼ばれた!敬語じゃなかった!そういうところ、って?一体どこ!?
情報量のあまりの多さについていけない。知恵熱でもあるんじゃないかな。頭がクラクラする。
「ごめん、じゃなくて・・・気に障ったなら、申し訳ない」
彼が深々と頭を下げる。
「いえっ、全然!お気になさらずっ」
ブンブン、と大きく頭を横に振る。
「ありがとうございます」
彼が穏やかに笑う。
「では、そろそろ、帰らないと」
「そう、ですよね・・・」
・・・もっと、話していたかったな。その気持ちを押し隠す。
「あっ」
すっかり忘れていたけれど、彼に渡したいんだった。
「?」
彼が不思議そうに首を傾げる。
「あ、あのっ・・・その・・・」
ガサガサ、と慌ててポシェットの中を探る。
「あーーーっ!!」
「え、どうしたんですか?」
彼が少し体をビクッとさせる。
「すみませんっ!いやっ、これはその・・・ちょっ、と。わ、忘れ物、しちゃって」
まさか、そんな。自分の馬鹿さ加減に呆然とする。ヒューッと、どこからともなく隙間風のような冷気がやってきて、私の背中を撫でていく。
「大丈夫・・・?」
彼が心配そうにこちらを見つめる。・・・顔が、近い。
「だ、だだ、だいじょう、ぶ・・・ですっ」
本当は、別の意味で大丈夫なんかじゃない。みるみる顔が赤くなるのを感じる。鼓動がバクバクと騒がしい。胸が、キューッと締め付けられる。
「なら、いいんですが」
彼が優しく笑って、そっと、距離を取る。
「では・・・また」
「は、はいっ。また・・・」
また。・・・また?
「あのっ」
立ち去ろうとする彼をつい引き止める。
「また・・・またっ、会えますかっ?」
はい、と彼が笑顔で振り返る。
「来週、」
「え?」
「来週、この時間、また来ます」
ポツリ、とそれだけ言って、彼はくるっと背を向ける。スーッ、スーッと、杖が地面の上を滑る。ゴォーッと急に風が吹き、木の葉がカラカラと音を立てて地面を転がっていく。そんな中でも、彼の歩みは寸分も狂わない。その背中を、眩しすぎる逆光の先へと消えてしまうまで、いつまでも見つめ続けた。




