待ち侘びた季節 その1
車のエンジン音に、信号機の音。鳥のさえずりに、虫の羽音。何もかもが消え去った静かな夜。誰もが寝静まった街を、三日月がひっそりと照らしている。そんな夜に、私は一人、ずっと眠れずにいた。真っ暗な部屋の中で寝返りを打ちながら、朝日がさすのをひたすら待ち続ける。
ずっと。ずっと。ずーっと。彼のことばかり考えていた。
初めて出会った、あの日。満開に咲き誇った美しい桜よりも、彼のあの穏やかな笑顔がいつまでも心に残っている。
もう一度、偶然出会えたあの日。誰よりも美しく歩く彼の姿を。彼と交わした言葉のひとつ、ひとつを。落ち着いた心地いい声を。忘れたことなんか、たった一度だってない。
会いたい。笑顔が見たい。あの声が届けてくれる言葉が、欲しい。どうしようもなく。・・・それなのに。こんなにも望んでいるのに。
どうして、もう一歩、あと一歩を踏み出すことができなかったの?
その一歩が、あまりにも遠すぎる。ほんの少し勇気を出せば、きっと届いたはずなのに。どうして。どうしてなの。
ポタリ。一筋、零れた涙がシーツを濡らす。また、一筋。とめどなく溢れる涙が、ぐっしょりとシーツを濡らしていく。
・・・泣いたって、駄目だよ。
ガバッ、とタオルケットを頭まで被る。耳を塞いでも、心の声は何度も、何度も響いて離れてはくれない。
・・・じゃあ、どうすればいいの?
出口が見えない暗闇の中、私はじっと考える。
偶然なんて、そう何度も起こりっこない。神様だって、もう十分すぎるくらい、私に優しくしてくれた。これ以上を望むなんて、いくらなんでも、わがまますぎる。それでも。それなのに。そうだとしても。
・・・彼に、会いたいの。
そう、強く願う。
・・・どうすればいい?
扉を開く呪文のように、何度も何度も繰り返す。
本当に願うなら。どうしても叶えたい望みなら。
・・・まずは、やってみよう。私にできることを、ありったけの力を注いで。一握りの「勇気」を持って。
そう思えたら、気持ちがスッと楽になって、眠気の波がやんわりと押し寄せる。視界がぼんやりしてきて、瞼がゆっくりと閉じる。カーテンの隙間からうっすらと朝日が差し込む。遠くの空に、鳥たちの目覚めの気配を感じた。




