待ち遠しい季節 その6
ゴールデンウィーク最終日。まだ5月は始まったばかり。それなのに、太陽はもうすっかり夏本番みたいにギラギラと輝いている。連休で遊び疲れた体には堪える。
「奈月、ちょっとあんたも手伝ってよー!」
冷蔵庫を開けてジュースを探していると、お母さんがすごい勢いで駆けてくる。
「えっ、何?」
危うくペットボトルを落とすところだった。
「だからっ!ないのよっ!お父さんのお財布!!」
「え!?嘘っ」
お母さんでもないのに、お父さんがそんなことするのかな。純粋な疑問と驚きが入り混じる。
母さん、と遠くの方から声が聞こえてくる。
「あったぞ、財布」
お父さんが黒色の財布をこちらへ見せてみせる。
「よかったー!」
お母さんが今にも飛び跳ねそうな勢いで喜ぶ。
「どこにあったの?必死に探したのよ?」
「小さい方の鞄に入ってた。・・・」
母さんが勝手にいじるからだぞ。ぼそりとお父さんが呟く。やっぱりそうだよね、と私は納得する。
「まぁとにかく!これで時間通りに出れるわねー!」
お母さんの明るい声が部屋中に響き渡る。
「・・・まだ時間あるから、コーヒー頼む」
「はーい」
お母さんが軽い足取りで、春風のように食器棚の方へと消えていく。
残された私たちは顔を見合わせて、くすくすと笑い出す。お父さんのメガネの奥にある大きな目は、春を愛でるように優しく細められていた。
「ゴールデンウィークもあっという間だったわねー」
お母さんがカップを手に取り、コーヒーを一口飲む。テーブルにはちゃっかり抹茶のお菓子が用意されている。
「そうだな。・・・なんか、疲れた」
お父さんもカップに手を伸ばす。コーヒーの湯気がメガネに映り込んで、ぼんやりと視界を歪ませる。
「お父さん、運転もしてくれたもんね。ありがとう」
「いや、まぁ・・・いいんだ」
お父さんが少し照れたような笑みを返してくれる。
「水族館もよかったけど、お祭りも楽しかったわ」
お母さんが抹茶チョコに手を伸ばす。冷房のおかげで空気は冷えているはずなのに、チョコが少し溶けてしまっている。
「うん。混んでたけど楽しかった」
お城の辺り一帯で開かれたお祭りは今年も盛大で、人々の熱気で押しつぶされそうだった。屋台から漂ってくる香ばしい匂い。どこからともかく流れてくる軽快なメロディー。夜道を照らす色鮮やかな電飾。目を閉じれば、すぐそこに光景が浮かぶ。
「母さんははしゃぎすぎだぞ。どれだけ買ったと思ってるんだ」
「だってー、どれも美味しそうだったもの。いいじゃない、たまには。ね?」
「・・・」
お母さんお得意のウインクで、お父さんは何も言えなくなる。
「・・・ねぇ、お父さん」
「ん?」
腕時計を見ていたお父さんが視線を移す。
「あのね、えっと・・・」
お父さんは静かにまっすぐ私を見つめる。
「あのねっ・・・、私も時々、て、手紙・・・出してもいい、かな?お母さんみたいに」
私もお父さんをまっすぐ見つめ返す。彼の瞳に映り込むのは私だけ。ひんやりとした空気さえ感じられないほどの静寂が二人を包み込む。
「・・・ああ」
お父さんが視線を逸らさずに頷く。
「いつでも、待ってる」
「うん」
私もまっすぐ見つめたまま、しっかりと頷く。
「ちょっとー!私にはそんなこと言わないじゃないのー」
ふきんを片手にやってくるお母さんが、口を尖らせる。
「母さんは遅すぎる。俺がどれだけ待ってると思うんだ?3回に一度くらいしか返事ないぞ」
「あら、そう?私だって忙しいんだからー」
俺は忙しくないのか・・・。お父さんがボソボソと続ける。二人にとっての当たり前なやりとりが、私の頬を緩ませてくれた。




