90話 瑠璃草の神域
起伏が激しかった山道とは異なり、霊峰への道は穏やかなものだった。
アステル達を歓迎するかのように、青い花。瑠璃草が風で揺らめく。
登っていくにつれ、空気が澄んでいき、魔力が濃くなっていく。
そして、頂上。
霊峰、東方浄土へと至る。
地を埋め尽くす程の瑠璃草が咲き乱れ、風が吹くと花びらが舞う。
幻想的、または、神秘的。どちらにせよ、その言葉には不釣り合いな存在がそこにはいる。
黒い鱗を持つ龍。そして、その足元にはフードを被った人物が二人。一人は仮面を付けている。
アステル達は花を踏み、進んでいく。
黒龍がその存在に気付き、咆哮を上げると、フードの人物達はこちらを見た。
「ん? あれ、あの時の女の子じゃん」
男は軽々とした口調で言い、フードを脱いだ。
間違いなく、あの日。パンドラの扉でアステル達の前で黒龍を召喚した男。
「君のせいでさ、僕たち困ってるんだよねぇ。強制的に送られたせいで、フィロトクに帰る事もフォレスティに戻る事も出来なくてさ」
「そうなんだ」
「そうなんだよ。ここは魔力が濃いし、もしかしたら転移術使えるかもって思ったけどさ。ぜんっぜんできないわけ」
昨日、湖から見えた龍属性の魔力の光。それは、転移術を行おうとした形跡か。
大げさに身振りで話す男を見て、アステルは言った。
「あなた達の目的はなに? なんのに、魔界からフォレスティに来たの?」
その言葉に、男は静止する。大げさに動かしていた手を下ろし、真っすぐにアステルを見つめる。
「世界を救うため」
「世界を、救う?」
どういうことだ。
サタリエルは世界の崩壊と言っていた。そして、真理に近付き、それを阻止しようとしたアステルの両親を殺した。
仲間じゃないのか?
「世界を崩壊させる為じゃないの?」
「フィロトク、君たちが魔界と呼ぶ世界ならすでに崩壊しているよ。僕達は僕達の世界を救うために、君たちの世界から魔力を奪おうとした。そういう意味では、世界を崩壊させる為。と、言えるかもね」
魔界は魔力が濃い世界、だからこそ、魔界と呼ばれている。
そして、パンドラの扉から魔力が漏れ出す事で、フォレスティの魔力が濃くなり、パンドラの夜が起こる。
それなのに、フォレスティから魔力を奪うとは、どういう事なのだろうか。
アステルは困惑の表情を浮かべた。
「魔界の方がフォレスティよりも魔力は濃い。それは事実だ」
アステルの考えを見透かすように男が言った。
そして、アステルを見つめ、言葉を紡ぐ。
「大地は死んだ。風は止み、花は枯れ、汚染された川が流れる。自然にとって大事な属性魔力が弱り切っている。だからこそ、他の世界から属性魔力を奪うしかない」
「だからと言って、他所から奪うなど、褒められた事ではないと思うぞ」
スズカが言った。
「わかってるさ。僕たちが行おうとしていることは、結局のところ奴らとは変わらない」
「奴ら?」
アステルは首を傾げた。
「スィトラ・アフラ。ロゴスの意思に沿い、世界を崩壊へと導く者共」
「スィトラ……アフラ……」
男の言葉から察するに、サタリエルはその者共の一人。そして、仲間ではない。
「さて、お喋りはお終いだ。お嬢さん方。僕たちは、僕たちの世界の為に奪う。……君たちはどうする?」
アステルは目を閉じ、深呼吸をする。
「私は別に世界がどうとか、どうでもいいと思ってる。世界は腐っているから、召喚獣を奴隷として扱うような人達が住む世界なんて滅んだって良い」
「へえ。じゃあ、黙って魔力を奪う所を見ててくれるのかい?」
「それは出来ない。腐った世界でも、そこには私の大切な人たちが住んでいるから。それに、黒龍を倒す。それは、この世界に来て、スズカ達と交わした約束だから」
アステルの言葉に、男は微笑む。
「お嬢さん、お名前は?」
「……アステル」
「そう。僕はラース、そしてこいつはサタンで、この仮面は……名前なんだっけ?」
ラースは仮面の男を見た。しかし、動じる事なく、静止している。
その仮面はジッと、カインを見つめている。
「ああ、……まあ、新人」
何も返さない仮面の男に諦め、ラースは言った。
仮面の男はゆっくりと、剣を抜き、剣先をカインへと向けた。
「やっぱり、俺かよ」
カインは剣を抜き、身構えた。
最初に出会ったときも、仮面の男はカインだけを見ていた。
何か因縁があるのか。しかし、カインには心当たりがなさそうだった。
「カイン、気をつけろ。あの仮面、もしかすると、あの龍よりも強いぞ」
スズカが言った。
「まじか……」
カインは言葉を漏らした。
アステルは黎明色の魔力の剣を握る。
同時に、スズカ達も刀を抜き、身構える。
真っすぐに、ラース達を見つめた。
深く、息を吸い。全てを吐き出す。
「……行こうか」
青い大地に、龍の咆哮が響き渡った。




